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キャパシティ

 他者との違いを知ることが自己客観化につながるのである。多様性の中で生き、多くの他者と接し、比べるということが深い自己認識となる。自己客観化が人間的成長をうながすのだ。多くの他者と接することで対人関係スキルが磨かれ、さらに多くのレベルの高い他者と接することができるようになり、さらに世界が広がる。せまい世界で生きている者に深い自己客観視はあり得ず、したがって人間的成長もない。だから他人に興味のない人間に未来はないのだ。
 人間幸せを手に入れるとその幸せをより強固なものにするために周りを見下すようになる。つまり自己欺瞞するようになるわけだ。自分より上がいるなんてことは実はわかりきっているのだ。排他性の根っこは恐怖。自分の世界を守りたいがゆえの他者批判。自己防衛のための批判。批判する人間は世界を広げる気がないだけ。コクーニングしているだけである。要するにひとりよがり。柔軟性のない人に忠告しても意味がない。世界を広げようとして行動しているのではなく、世界をせばめようとして行動しているのだから。
 仕方のないことなのだ。広い世界を認めたらせまい世界にとどまっている自分を否定することになる。
 せまい世界にとどまっている人たちなんて、みんなこんなものなのだ。前頭前野が発達しないからね。

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ツアー

「重要でないことでも誰にも話さず胸に秘めていると重要なことと錯覚してしまう。行き場のない言葉は肥大化してしまうのだ」
「人間が警戒緊張すると動物も警戒緊張する」
「人間も動物だから警戒緊張して人と接するとうまくいかない」
「心を支配されない自信がないから壁を作ってしまう」
「好奇心がなかったら知能は育たない」
「高級マンションに住んでても汚部屋じゃどうしようもない」
「整理整頓スキルと社会スキルは比例する」
「食べものに合わせて人間の身体も進化してきた。消化しにくい麦を消化できるような腸内細菌が発達したりね」
「抜けている奴は甘えが抜けていないのだ」
「愚痴は解決の外部委託である。外部委託してたら自力で解決するスキルは得られない」
「親の力だけで子どもに高度な社会性を身につけさせるのは不可能だから学校がある」
「シンメトリーであればあるほど美しく感じられるというのは嘘だと思う」
「シンメトリーの美しさは超自然的な美しさノーマルでない無機質な魅力」
「同族意識が高いほど人は干渉する」
「支配欲求が強いケースもある」
「脳の処理能力を超えた圧倒的な情報量にフリーズしてしまったのだ」
「みなさん部屋にお戻りください」

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甘え

 叔母が死んだ。享年三七〇歳。ずいぶん長生きしたものだ。
 叔母はわたしに金銭面でさんざん世話になっておきながらいつもわたしを小馬鹿にした口をきき、尊大な態度をとっていた。わたしが中年期にさしかかったころ。絶縁した。
 女性が男性に対して挑発的な口をきくのは男性に甘えたいという気持ちの裏返しである。つまりわたしの叔母はわたしに甘えていたのである。、預かった金を使い込んだり借りた金を返さなかったりしてもしれっとしていたわけが最近やっとわかった。わたしはわがままを許してくれる人だと考えていたわけだ。わたしの叔母は、究極の甘えん坊だったのだ。
 男女問わずふざけて挑発的な口をきくのは、甘えたいからである。弟や妹にそういうタイプが多い。わたしの叔母は末っ子だった。
 嫌われる人間ほど、自分は嫌われないと思っている。要するに甘えているのだ。嫌われる人間とは、甘えたやつなのだ。子ども時代に甘えられなかった反動というケースもあるだろう。
 だいたいわたしの一族はみんな甘えた連中ばかりだった。わたしも例外ではない。わたしも若いころは甘ちゃんだった。わたしの叔母も父も祖父母も妹も、甘えていただけだったのだ。甘えが行動に表れていただけだったのである。
 納得のいくこたえがやっと見つかった。すべては甘えだ。若いころのわたしの行動も、甘えによるものだったのだ。
 社会スキルが磨かれないのは甘えがあるから。甘やかされているからである。

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七夕祭り

 駅を出ると、いつも寂しい感じの商店街がカラフルに飾られ、賑わっているのが見えた。少し先を歩いていた彼が立ち止まり、振り返って言った。
「七夕祭りだ」

 むかし、織女という、まあまあ美しい娘がいた。織女の父は某大手企業のCEO。織女の母は、織女の兄には甘かったが、織女には厳しかった。織女は厳しい母から一刻も早く逃れたかったので、大学二年のとき、法学部の牽牛という男と結婚した。牽牛の実家は織女の家より格上だったから親も文句は言えなかった。それに織女はすでに身ごもっていた。
 子どもが小学校に入学するころ、大学時代の友人から、出版社の仕事をしてみないかと持ちかけられた。悪くない条件だったし、織女は幼少期から社会で自己実現したいと考えていたのでやってみたいと思った。牽牛に相談すると、猛反対された。牽牛の家は伝統的な金持ち。牽牛は、女性は家庭を守るもの。女性が家庭を守らなかったら家族は崩壊する。家族の幸せが持続的な成長につながる。家族が幸せだから財界は安泰なのである。といった考えにどっぷりつかっていたから、織女の考えが理解できなかった。
 この件をきっかけに、夫婦関係はぎくしゃくし始めた。ある日、孫の教育方針をめぐって姑と大喧嘩した織女は怒りにまかせ子どもを連れ、実家に戻った。
 織女と牽牛は離婚した。牽牛とは、年に一度、子どもの誕生日の七月七日に会う取り決めになっている。

「俺、昨日、誕生日だったんだ」
「そうだったね。おめでとう」
「何か、してくれよ」
「手、つないであげる」
 わたしは彼に手を差し出した。
 彼はわたしの手を握ると、商店街に目をやり、少し考えるような顔をしてから、「ちょっと行ってみる?」と言ってわたしを見た。
 わたしは黙ってうなずいた。

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自意識過剰

 利己的な人、利他的な人、どちらもほどほどの人、賢い人、そうでない人、クリエイティブな人、凡人と世の中には様々な人がいるが、ほとんどの人に共通しているのは自意識が過剰だということだろう。
 自意識が過剰でない状態というのは、重度の認知症で口をきくこともできなくなってしまったような状態をいうのだろうか。もっとも脳の中の状態は外からはわからないから何ともいえない。電気的に測定したところで本当に意識があるのかどうかは本人にしかわからないのだから。
 仏陀が目指したのは過剰な自意識を捨てるということだろう。つまり心の自殺である。なぜ過剰な自意識を捨てようとするのかというと、自意識が過剰だからである。
 人は過剰な自意識のおかげで後世に名を残したり、平凡なまま終わったりする。
 わたしはいままで自己などというものは存在しないと思っていた。人間は自分の意思で生まれてくるわけではない。意思というのは潜在能力と相互作用の産物であるから、自分なんてものはないのだと。
 だがいまふと気づいた。自己とは過剰な自意識なのだと。
 もしあなたが仮にコンピュータプログラムだったとしても、過剰な自意識がある以上、あなたはあなたなのだ。

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チーズケーキ

 ぼんやりするのに神経が高ぶっているのは雨続きで肌寒いとはいえ夏だからだろうか。文庫本に集中できない。いつものコーヒーショップ。平日の雨の午後。客はまばらだ。少し離れたテーブルで、スーツ姿の男女が向き合っている。どうも後輩らしき女性が、先輩らしき男性にプライベートの悩みを相談しているようである。
 女性より男性の方が脳が大きい。ゆえに男性の方が論理的、女性の方が感情的というのは誤りである。男性は女性より脳が大きいぶん論理的でもあるし感情的でもある。女性よりも論理の領域、感情の領域が大きいわけだから。
 つまり男性のほうが女性よりも傷つきやすい。傷つきやすさを表に出さないのは感情も強いが理性も強いからである。よく、女性は共感力が強いから解決策を出すより悩みをきくことに徹し、男性は論理的だから解決策を出そうとするというがこれはちょっと違う。男性が解決策を出そうとするのは解決策を出して助けてあげようという気持ちが強いからである。女性よりも親身になって考えることができるからだ。男性のほうが温かく、繊細で、女性のほうが冷たい。仕事中に、プライベートの悩みを相談することに躊躇がないのは単に図々しいからである。先輩に頼もしさを感じているからではない。などと言ったら言い過ぎか。とにかく相談しているわりには先輩のアドバイスに対し、気のない態度である。先輩がかわいそうになってしまう。が、そんなのは一瞬。わたしは文庫本をテーブルにふせ、チーズケーキを食べようとカウンターに向かったのだった。

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飯テロ 後編

「どうしてないんだ」
「人気メニューでして」
「人気メニューだったらなおさら多めに材料を仕入れておくべきだろう。君ね。わたしは水にさらししゃきっとしたレタスとクリーミーなチェダーチーズ、無添加のボローニャソーセージをはさんだ表面のかりっとしたバゲットにかぶりつくためにわざわざ朝の忙しいなか並んだんだ」
 中年男が振り返って言う。
「なあ、あんたもそうだろ。ボローニャソーセージサンドが目当てだろ。おかしいじゃないか。あんな美味いものが品切れなんて。ボローニャソーセージサンドをひとかじり、口いっぱいにひろがるレタスとチェダーチーズとボローニャソーセージの三重奏。いや、バゲットもあるから四重奏か。それをよく冷えたアイスティーで流し込む。眠気が一気に覚める。わかるだろ。あの感覚。あんたもあの感覚の虜なんだろ。そうなんだろ? な? なっ⁉︎」
 怒りで脳がオーバーヒートしているのだろう。不適当な言葉を口走っている。もちろん記憶力も低下しているはずだから、後から反省もできない。この男は普通の客ではなくテロリストだと判断したあなたはためらわず中年男のあごを蹴り上げ、ひと仕事終える。
 さて、おしゃれで気のきいたあなたがなぜ戦闘員などやっているのだろう。親も戦闘員だったから? 子ども時代にいじめられた経験から強くなりたくて?
 人間は原因があって行動しているのではない。快原則に則って行動しているのである。あなたが戦闘員をやっているのは、男のあごを蹴り上げるとすかっとするからである。

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Birthday

 娘がいた。娘は賢かった。有名国立大学を出て、会計事務所で働いていた。恋人はいない。美人だったから言い寄ってくる男は草食系時代とはいえけっこういたが、ひとりでいるのが好きだった。趣味は海外旅行とグルメ。よくいるおひとりさまだ。
 ある週末、娘は仕事を終え、行きつけのイタリアンレストランに入った。まだ空は明るかったが、テーブル席はふさがっていた。カウンター席に座り、ワインを飲みながら食事をした。満腹になり、モニターの映画を見ていたら、酔いも作用していたのだろう。少しうとうとしてしまった。
「お疲れのようですね」
 隣に、スーツ姿の男が娘をのぞき込むような格好で座っていた。男がこの世の者ではないことはひと目でわかった。
「誕生日おめでとうございます」
 男はグラスを上げて言った。いつの間にか、手元にシャンパンの注がれたグラスが置かれていた。
「そういえば今日誕生日だった」
「誕生日を忘れる人はいないでしょう」
「本当に忘れてたの」
 娘はシャンパンをひと口飲んでこたえた。
「それは年をとりたくないがゆえの防衛機制のせいです。おいくつになられたんで?」
「三十」
「結婚願望は」
「ひとりが好きなので」
「子どもは欲しくないんですか」
「わたしが作らなくても他の人が作ります」
「でもあなたの子どもじゃないでしょう」
「子どもは親の物ではありません。そもそも人間は誰の所有物でもありません。わたしは全人類レベルでの見方をしています。わたしの直系の子孫は絶えても種としての人類が繁栄すればそれでいいのです」
「大量殺戮兵器によって絶滅してしまうかも」
「それだったらなおさら子どもを作る必然性はないでしょう」
「……結局生まれ変わっても極端に走るだけか」
 男は天井を仰いで言った。闇が訪れた。誰もいなくなった。すべてが闇に包まれた。

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 むかし、ある王国に、娘がいた。娘は王に恋をしていた。かなわぬ恋だった。娘は美しかったが平民だったし、王の好きなむっちりボディではなかった。おまけにちょっと頭が弱かった。娘は自分と同じ階層の男と結婚し、女の子を一人もうけた。
 年月が経ち、王の霊力も衰え、新しい王を立てることになった。霊力の衰えた王はどうなるのか。殺されるのだ。
 王の側近が、殉死する女を公募した。条件は生娘であること。もちろん自薦他薦は問わない。娘が一人、差し出された。
 王と娘は小屋に閉じ込められた。こげくさいにおいについで、ぱちぱちと木のはぜる音がきこえると王はパニックになったが、娘に抱かれると脱力し、目を閉じた。王はそのまま眠ってしまった。娘は王を抱いたまま、じっとしていた。やがて煙が充満し、意識が薄れていった。娘は幸せだった。母の恋愛を成就させることができたのだから。



 娘の人生には何もなかった。あるのは退屈だけだった。せめて思い出にひたれるぐらいのことができればよいが、大した記憶力がないので無理だった。
 美しかったころの面影は微塵もなく、悪態をついてひとを不快にさせる以外に取り柄のない老女になり果てた娘。そんな娘にもお迎えが来た。肺癌だった。
「お花畑が見えるわ」
「極限状態の脳が幻覚を見せているだけです」
 天使がそう言うと、お花畑は消え、娘は天使と向き合う格好で空中に浮かんでいた。
「どうしたのかしら。何だか頭がさえているの」
「馬鹿も死んだらなおるのです」
「わたしはどうしようもないクズ女だったわ。自分のエゴを満たすために娘を殺してしまった。死んでしまいたい」
「もう死んでます」
「消えてなくなりたい」
「それは無理ですね」
「どうして生きているうちに賢くしてくれなかったの」
「愚か者はそのままでいいという方針です。アルジャーノンに花束を読めばわかりますが、何十年も自分の愚かしさに気がつかず生きてきた人間が急に悟ってしまったら、かえってまずい。ショックで自殺してしまう可能性もある。だからわざわざ気づかせる必要はない。生きて少しでも社会に貢献してもらったほうがいい」
「アルジャーノンって何ですか?」
「検索してください」
「やりなおしたいわ」
「来世の頑張りに期待します」
 天使が言うと娘は、まばゆい光に包まれた。

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灰皿

 早い時間に目を覚ましてしまった。雨が降っていた。不意に、父のことを思い出した。父は雨が降ると決まって頭痛になり、仕事を休んだ。つまり雨が降ると休んだ。そんなだから、どんな仕事も長続きしなかった。
 父はよく、自分の親と育った家庭環境を呪うような言葉を吐いていた。きくたび、わたしは、いつまで子ども時代を引きずっているのだろうと思った。若いうちならともかく、中年になって成育環境が悪かったから大した人物になれなかった、なんて言ってるようではどうしようもない。親や社会のせいにしたところで、誰も自分の人生に責任なんかとってくれないのだ。自分の人生の責任は自分でとるしかない。老人になっても、死ぬ間際になっても言い続けるつもりなのだろうかと思っていたら、わたしが二十歳のときに死んだ。
 目を閉じて再び眠りに就こうとした。枕元に、父の姿が見えた。目を閉じたはずなのに父の姿。ということはこれは夢。もちろん目を開けたままだったとしても夢である。父は死んだのだから。
「夢じゃない」
 父が言った。あぐらをかいて、煙草を指の間に挟んでいた。
「煙草吸わないでよ」
 言うべきことがもっとほかにあったはずだが頭がはたらかなかった。仕方がない。夢なんだし。
「昔から吸っている」
 父はそう言って、鼻の穴から煙を出した。
「そういう問題じゃないでしょ!」
 わたしは半身を起こして煙草をはたき落とした。父はうつろな目をさまよわせると、「頭痛がするんだ」と言って。横になった。
「どうしてか教えましょうか」
「どうしてだ」
「煙草吸うからよ」
 父はわたしに尻を向け、ジャージのズボンのポケットに手を突っ込んで言った。
「お前はお母さんに似てヒステリーだ」
「あなたがいつも怒らせてたんでしょうが!」
 立ち上がって父の尻を思い切り蹴り飛ばした。わたしは尻もちをついた。ぶう〜、というおならとともに、父は消えた。
 わたしはしばらく尻もちをついた格好のままで泣いた。本当はもっと話したかったのだ。
 枕元の灰皿に、煙草がくすぶっていた。雨はやんでいた。

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エゴがなくなれば環境問題は解決される

 多少の増減があるとはいえ日本は少子化傾向にある。
 ところで、子どもが欲しいから結婚するという発想は日本人特有のものらしい。本当かどうかはわからない。リアルな外国の情報にアクセスできるような語学力は自分にはない。
 現代の豊かな日本において、子どもはどう位置づけられているのだろうか。貧乏人にとっては授かりもの。上流にとっては金持ちであり続けるためになくてはならないもの。中流にとってはエゴを満足させるための贅沢品。こんなところか。いずれにしてもお金のかかる存在であることは間違いない。
 環境問題というのは誰かが割を食わなければ解消できない問題である。ということはつまり誰かが割を食えば解消できる問題である。環境問題は人口が減らないことには解決しようがない。大規模な飢餓や大量殺戮によらない人口減少のための手段は子どもを作らないことである。
 なんということだ。日本人は労せずして環境に貢献しているではないか。
 子どもを欲するのはわざわざ言うまでもなくエゴだ。
 これはわたしの個人的な印象だが、わたしの同世代の人たちはペットを飼う気さえない。
 このまま日本は平和に滅亡するのではないかと思っている。

私見ではありますが、過激だと判断しました

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沈黙

 いつものコーヒーショップに入った。清楚な感じの店員はいなかった。アイスティーとサンドを注文して、リーダーらしき女性店員の顔を眺めた。清楚ではなかったが、美しかった。多分写真に撮ったらそうでもないのだろう。フォトジェニックな美しさではない。人間は静止した像ではなく連続体として人物を認識している。写真に写っているのが本当の姿なのに写真写りが悪いという印象を持つのはそのためだ。
 ひとの容姿はしょっちゅう観察しているのに、わたしは化粧さえしていない。ファッション誌は読むが、現にいまも持っているが、洋服もあまり持っていない。ひとを不快にさせない程度の身づくろいができていればいい。人間というのは身体という牢獄にとらわれた囚人なのだ。牢獄から少しでも自由になりたかったら見た目など気にしないことだ。
 隣のテーブルで、若づくりの四十代だか老けた三十代だか世代がよくわからない女性二人が盛り上がっている。
「……でね。悩んでるの」
「悩むことないよう」
「悩むって」
「贅沢な悩みだよ」
「そっかなー。でも悩んでるの」
「んー。それで、悩みから解放されたいと」
「そうそう」
「悩みから解放される唯一の方法は、すべては自分に非があると認めること」
 沈黙。
 会話を切らせたくなかったら結論を出さないことだ。女性同士の会話は、結論を出さないゲームなのだから。会話のための会話。女性というのはそんな無間地獄を生きているのだ。
「……でね。彼が、お前やっぱりB型だなって……血液型気にするのって日本人だけなんだって。どうしてなのかなー」
「理由は様々だが、ベースにあるのは、日本にはA、B、O、ABの血液型がすべて存在しているから。北米はAとOがほとんど。南米はOしかいない」
 沈黙。
「じゃあ、そろそろ行くね」
「うん。じゃあまたね」

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乳房

 朝から胃が痛かった。私は中年になっていた。もう死んだ父の年をこえたはずだ。父は二度離婚し、三度目の結婚をする前に事故で死んだ。二度目の離婚のときは、私は高校を卒業したころだからよく覚えている。父は、娘(私の異母妹)と別れるのがつらかったのだろう。しゅんしゅんと泣いた。でかいなりした、いい大人が、しゅんしゅん。離婚の原因を作ったのは自分自身なのに。
 その年、初めての彼女ができた。二歳上の、小柄で、胸の大きな。多くの男性が大きいバストに魅了され、女性が大きいバストに憧れるのは、授乳期の母親の乳房に刷り込みされているからだとか。私はプレゼントの包みをほどくようなわくわくした気分でブラジャーを外した。あらわになった規格外の胸の大きさよりも、規格外のブラジャーの大きさに驚いた。
 父はヘビースモーカーだった。私は吸わない。父の妹、私の叔母も喫煙者だ。孫ができて、禁煙を何度か試みたが三日と続かない。高齢出産で生まれた子どもは煙草をやめられないケースが多い。高齢の母親は授乳能力が低下しているため、乳離れが早く、乳児期の口唇性の欲求が満たされないまま大人になっているから口に何かがないといられないのだ。煙草のほかに、茶、コーヒーなどの嗜好品も不可欠だ。アルコールも、飲めればの話だが。
 煙草を吸いながらーーいまにして思えば大人っぽく見せたかっただけだったのだろうーー胸の大きな彼女が私に、「くだらない話をしていることを気づかせたかったら、相手の言ったことをおうむ返しにすればいいの」とよく言っていた。私はだから彼女の言うことをすべておうむ返しにしていた。
 どうでもいい汎用性のない話ばかりする人間に対して、こいつは何を考えているのだなどといぶかってはいけない。何も考えていないに等しいのだから。
 彼女はよく、私の行動を実況していた。何も考えていないやつは人のやっていることに目を向ける。考えいるやつは人の考えていることに目を向ける。彼女とは、半年で別れた。
 考えることができない人間に考えることを強要しても意味がない。
 彼女は結婚したのだろうか。したのだろう。子どももできて。自慢の乳房も、垂れてしまったのだろう。

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俺はここにいない

 文庫本から目を上げると、ポロシャツに乳首が浮き彫りになった中年男性が立っている。
「あなたは都会至上主義に陥ってしまっているようだ」
 俺はアイスティーをひとくち飲んでからこたえる。
「じゃあ田舎に住んでいる若者の楽しみって何だ? ショッピングモール行って擬似都会を味わうことだ。結局都会が好きなんじゃないか。擬似じゃ真の満足は得られないよ。ささやかな幸せを守りたいだけ。新しいことを始める度胸がないだけなのに自己欺瞞して田舎が好きだと言っている。それが若者のあるべき姿なのか?」
「本当に好きなのかも」
「本当に好きだったらわざわざ田舎が好きなんて口に出して言わないね。心の底から楽しそうにしている奴なんて一人もいない。行動に移さずに愚痴ばかり。自己客観化ができないから笑いのセンスもない。人を馬鹿にした冷笑しか持たない。とにかく下らない連中だ」
 俺は文庫本に目を戻した。
「あの清楚な感じの店員。有名私立大学の学生だ」
「知ってるよ」
 俺は目を上げずに言った。
「初体験は十八。経験人数は三人。三人目の彼氏は弁護士志望」
「それが何だ」
「あなたを相手にする気はない」
「そんなのわからないだろ」
「わかるね。あなたは無職で、都会に住んでもいない」
 田舎の市営住宅の一室。布団の中で、都会を夢見るだけの俺。

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もうしばらくここにいよう。清楚な都会の女を眺めながら。

 駅構内をぶらぶら歩くうち、少し目が覚めてきた。歩くという運動が脳を刺激したのか、前方からやってきた清楚な感じのスタイルのいい女子高生が脳を刺激したのか。水色のブラウスを押し上げる丸いふくらみ。都会はいい。ぼんやり歩いていても何かがある。田舎は何もない。だいいち徒歩じゃどこにも行けない。ぼんやり車を運転していたら事故を起こす。田舎は人に優しくない。
 コーヒーショップに入る。小銭と文庫本があれば冷房の効いた洒落たスペースでいくらでも過ごせる。
「いらっしゃいませ」
「アイスティー」
「お久しぶりですね」
「うん。暇でね」
「優雅ですね」
「よく言われる」
「人生の目標ってあるんですか?」
「あるよ」
「どんな」
「君とデートすること」
「壮大な目標ですね。お待たせしました。アイスティーです」
 清楚な見た目で、気のきいた店員。昼と夜で、口紅を使い分ける。都会の。
 少し離れたテーブルで、若い女性二人が、おっぱいくっつけ大作戦について語っている。おっぱいくっつけ大作戦って何だ。まあ察しはつく。窓の外。都会のぎらつく日差し。孤独で人生に目標のない人種がパチンコ店に吸い込まれてゆく。もうしばらくここにいよう。清楚で美人な店員の立ち居振る舞いを、ちらちら盗み見ながら。

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スマホよスマホスマホさん

「お仕事は?」
「水商売です」
「水道関係で」

 ああ。
 またスマホを見てしまいました。
 夜、仕事だというのに。
 眠らなくてはいけないのに。
 これでは遮光カーテンを購入した意味がありません。
 スマホはわたしにこう言います。
 知らないのに口をはさむのは自己注目欲求を満たしたいのと自己効力感を味わいたいためである。
 仕事のできるやつは相手の知りたいことだけを話す。仕事のできない奴は自分の知っていることをすべて話す。また相手の知りたいことがわからなくてもとりあえず自分の知っていることを話す。能力のないやつほど自己顕示欲が強い。能力のあるやつは自分に自信があるからわざわざ誇示しない。すべて話すとかえって自分に不利になるということがわかっているからというのもある。嘘をつくのはまずいが、手の内をすべて明かす必要はないのだ。
 高血圧、寝不足、ニコチン、アルコール、非効率的な脳の使い方等で脳が疲労しやすい奴はすぐ興奮する。話し始めると簡単にヒートアップし、まわりが見えなくなり、しゃべりが暴走する。
 脳が疲労しやすいから目の前のことと距離がとれず、結果大きいことができない。
 またこんな時間までスマホを見てしまいました。
 もう化粧をして出かけなくてはなりません。
 今日も仕事中寝てしまうのでしょう。
 そして親方に頭をはられるのでしょう。
 オペラの好きな親方に。
 焼きそばの好きな親方に。

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蕎麦屋3

 口に出していたのだろうか。そそくさと勘定を済ませ、出て行こうとするとサラリーマン、とびきりの笑顔を俺に向け、「じゃあね」と手を振った。
「そういう笑顔は女性に向けたまえ。笑顔の無駄打ちだ」と言って外に出たらそこは居酒屋のカウンター。振り返ると男子トイレ。
「……お客さーん、閉店でーす。……閉店ですよ」
 またカウンターで寝てしまった。最近、酔って寝て目覚めると、夢だったのか現実だったのか妄想だったのか区別がつかない。確かめるすべもない。まあいい。生活に支障はない。あんみつをかき込んで、店を出る。
 飲み会シーズン。最近は路上で吐いている奴を見かけなくなった。酒が弱い奴、飲めない奴は無理に飲みにつき合わなくなったからだ。
 いまの年になっても、過去をやり直したいと思うことがある。だがもし過去の記憶をすべてなくしてしまったとしたらどうだろう。過去をやり直すというのはそういうことなのだ。
 姉はよく、近所や親戚を引き合いに出して、旦那と子どもの自慢をしていた。女はひとと比べなくては自分のポジションがわからないからな。つまり女の幸せとは、相対的なものであって、絶対的ではないのだ。
 ばかばかしい。本当に幸せな奴はひとのことを悪く言ったりはしない。幸せとは、性別や年齢を超越したところにあるのだ。
「自分の自慢や他者の批判ばかりで自分の間抜けさには気づかないのか気づいているが棚上げしているだけなのかどうかはわからないが、他者批判したら自己批判するかおのれの間抜けさをギャグにして相殺することだ。でないと自己客観化のできないただの間抜けで人生を終えることになる」
 カウンター常連の若いサラリーマン。とびきりの笑顔をわたしに向けて言う。
「おーい、みち。刺身終了。オーダー止めて」
「りょーかいでーす」
 サラリーマンに笑顔を返し、座敷席に急ぐ。

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蕎麦屋2

 着物姿の女性店員。こなれた感じ。暑いが熱燗を一合頼む。蕎麦味噌をなめ、ぐいっとやる。気温に合った。ちょうどいい温度。さすが老舗。こういうところに差が出る。小松菜のおひたしも頼む。器がいい。津軽の金山焼というのだそうだ。冷や酒を追加。
 辛味大根蕎麦が出てくる。いつ頼んだのだろう。記憶にない。まず大根おろしを入れずにひと口。美味い。大根おろしを入れて、豪快にすする。辛さが蕎麦の香りを引き立てる。新緑の季節にマッチした味わい。
 蕎麦を食べ終え、残った大根おろしをそばつゆにすべて投入。それをつまみにして冷や酒を飲む。若いサラリーマンが一人、入ってきて隣のテーブルに。大根おろしを、冷や酒でやっつけてから蕎麦湯。デザートに、あんみつを頼む。隣に目をやる。サラリーマン。ちゅっ、ちゅっと、うつむき加減で蕎麦を吸いこむようにすすっている。
 いくら味覚がしっかりしていても、食べ方がなっていないと味のわからない奴だと思われてしまう。ついでに育ちまで疑われる。職人になめられる。もったいないことだ。俺は若いころからあんな食べかたはしたことがない。
 不意にサラリーマン。顔を上げ、蕎麦を咀嚼しながら、「自分の自慢や他者の批判ばかりで自分の間抜けさには気づかないのか気づいているが棚上げしているだけなのかどうかはわからないが、他者批判したら自己批判するかおのれの間抜けさをギャグにして相殺することだ。でないと自己客観化のできないただの間抜けで人生を終えることになる」と、こちらを見ずに、言った。

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蕎麦屋

 気づいたら七十を過ぎていた。長いようで短かった。短いようで長かった。むかし、人生とはゴムひものようなものだと言ってゴムパッチンをするお笑いコンビがいた。多分あれがゴムパッチンの元祖だ。
 小さな町工場を定年で辞め、警備員などやってみたが、夏場など、思ったより過酷で、長続きしなかった。いまはパチンコ店の清掃係を週四でやっている。金はないが、のんきなものだ。ずっと独り身で、親はとっくに亡くなっている。きょうだいとは何十年も連絡をとっていない。
 年をとったら、食欲も性欲もなくなる。老後の資金なんて心配する必要はない。年寄りに大金はいらない。足腰立たなくなって、病気になったらそのまま、自然のままに死ねばいい。
 
 朝の五時に寝て、昼に起きた。好きな時間に寝て好きな時間に起きる。独り身はいいものだ。久しぶりに、蕎麦でも食おうと思った。駅の立ち食いなんかではなく、老舗の、美味い蕎麦。
 田舎にいたころ、姉は、友だちも恋人も作らない俺をよく馬鹿にしていた。姉は結婚が早く、子どもと大企業で働く旦那の自慢ばかりしていた。まともな就労経験のない専業主婦で、保守的な価値観しか持たないくだらない人種の典型だった。
 旦那が大企業で働いていて年収が手取り七〇〇万ぐらいだったとしても、嫁が働いていないぶんの損失を考えたら都会の平均的な共働き夫婦の総収入と変わらない。世の中に出て見聞を広めなければ子どもに多様な進路を提示してやることもできない。知らぬがなんとやらだ。
 いまでもこのようにたまに思い出してむかつくことがあるが、言い返してけんかなどしなくてほんとによかった。愚か者相手にけんかしたらきっと自己に対する嫌悪感にいまでもさいなまれていただろう。けんかする価値もない愚か者。ファーストフードのハンバーガーが美味いと言っている人間に、割烹の旬の野菜を使った料理を食べさせても素晴らしさがわからないように、つまらない人間に俺のような優れた人間のよさはわからない。べつにそれでよい。好みの問題だ。
 こんなことを考えているうちに、蕎麦屋に着いた。