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校長と教頭の考えが知りたい。

生きるってなんだろうか。
何のために産まれてきたのだろうか。

自分達はみんな産まれてきた瞬間から「死」に向かって歩んでいる。それが命あるものすべての運命。

自分は1度自らの手で自らの命を絶とうとした。失敗した。地獄を見た。でも、あの日「死」を覚悟した時、自分の心は今までにないくらいに晴れていた。気がする…。今ではもう分からない。

「君が死にたいと言った今日は昨日死んだ誰かが死ぬほど生きたかった今日なんだ」「生きたくても生きられなかった人がいるんだ、その人の分まで」そんな言葉をかけられた事が何度もある。正直、知らねぇよ。って思った。その人が死んだのは私のせいですか?そんなに言うなら心臓でも何でもやるよ。持ってけよ。って。性格悪いな。分かってる。自分が1番分かってる…。

“ジサツ”ってそんなに悪い事なのかな。死ぬほど辛い世界を真っ暗闇の中ひとりぼっちで泣きながら生きる。それが本当に正しい事なのかな。本当に“死”を選ぶ事は間違いなのかな。

自分はその人にその道しかなかったのなら、その道しか思いつかなかったのなら、逃げたとは思わないし、間違ってるとも思わない。“死なないで”なんて無責任な事は言えない。

自分から見たら前途洋々、誰もがうらやむようなルックスに沢山のファン、輝いて見えたあの芸能人の方たちも本当はそうじゃなかったのかな。

校長や教頭にとって“生きる”とはどういう事ですか?“ジサツ”って間違ってると思いますか?
校長や教頭の考えが知りたいです。

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元“友達”との言葉

今年の2月半ば…ちょうど後期期末テストの前あたりだったかな…自分と(その頃は)友達だった子が同じ教科を取っていました。自分でいうのもあれですが、真面目に取り組めていたと思います。その元友達は授業中に寝るわ 校則違反のスマホを授業中にいじるわ…まぁ周りから見て真面目に取り組んでいるとは言えない状況でした。校則違反だし何度か注意するも直らず、もちろん授業受けてないのでノートもとっておらず…
その元友達がノートを見せて欲しいと言ってきた時の話です。 これまでにも何度かノートを見せて欲しいと言われ見せたことがありました。最初のうちは良かったんです。自分もちゃんと授業受けてるのかなと思っていたので初めの1.2回は見せてました。しかし授業中にノートをとる姿を見れなくなってから「なんで授業を受けない人にノートを見せなくちゃいけないんだろう…」と思うように。

毎回優しくしてはその人のためにならないと思い、そのタイミングで「授業受けてないやつになんでノートを見せなくちゃいけないんだ」と普段とは異なる少し強めの口調で言ったら、「もういいよ」とだけ返ってきて それ以降学校で会っても挨拶もなにも喋らなくなりました。

ダメなことはダメだと言えることが本当の友達…そう思って伝えたことがこうなるとは思いませんでした。

自分はどうすれば良かったのでしょうか…



長文失礼しました。