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マリオネットガール

「今日の仕事も無事終わったよ、母さん」
赤い鼻のついた白い仮面を付けたまま僕は言う。
「そう、なら良かったわ。お疲れ様」
そう言って僕の膝の上に乗ってくる。
僕の母さんは猫だ。
右眼が紫色、左眼が黄色の黒猫。
この世では珍しいオッドアイ。
この世に来てからというもの、あっちでは「気持ち悪い」だの、そっちでは「化け物」だの。
僕はそう思わないのにな…綺麗な眼をしているじゃないか。
ま、かく言う僕も母さんと同じ眼をしているし、そう言われるのも無理はないんだけどね。

「この仕事を始めて何か変わった?」
母さんが突然聞いてきた。
「もちろん、僕の周りが全て変わったさ。人も物もあらゆるもの全てがね。おかげで夜も眠れるようになったよ」
「…貴方はピエロなんだから誰に何をしたって文句なんか言われないわ。時に人を笑顔にして、時に人を驚かす役目なんですもの」
そうだよ。
僕は人気者のピエロだ。
愚かな人間共を裏切るのが得意なんだ。

そして今日も。
ネオンぎらつく街角に立って、こちらを見てる少女たちに話しかける。
「はじめまして、お嬢さんたち。僕はピエロ」
「君たちを✕しに来たんだ」

あの時の借りを返すために____

3

マリオネットガール

 脳のネットワークが単純なうえにオッドアイ──右目がブルー、左目がブラウン──であるわたしは、上京して数か月、ずっと孤独を噛みしめていた。
 ある日の夜、たまには都会的な気分を味わってみようと洒落たかまえのイタリアンレストランに入ると、ピエロがカウンターでマリオネットを操っていた。白塗りの、赤鼻をつけた定番の。
 客はわたしのほかに一人もいなかった。マリオネットからメニューを受け取り、しばらく考えて、瓶ビールとパスタを注文した。ピエロは瓶ビールをカウンターに置くと、キッチンに立ち、調理を始めた。
 ビールを飲みながら、ちらちらとピエロを盗み見た。頬の輪郭、胸のふくらみ、腰まわりから女性だとわかった。パスタを食べ終えてから、ビールを追加し、舌がなめらかになったわたしは、「女性のピエロなんて珍しいね」と言った。するとピエロはわたしをじっと見つめ、舌ったらずな口調で、「偏見を持たれがちな見た目のあなたでも偏見で人を見るのね」と言った。
 わたしはおそらく、驚いた表情を浮かべていたと思うが、ピエロは頓着せず、わたしを凝視し続けていた。澄んだ瞳で。
 まだ子どもなのだ。少女なのだ。はっきり臆せずものが言える段階に彼女はいるのだ。
「年はいくつなの?」
「十四」
「十四か……それくらいの年に戻りたいな」
 わたしはため息をついて言った。
「戻って、どうするの?」
「ダンスがしたい。わたしが育ったのは田舎で、学校にダンス部とかなかったから」
「それから?」
「さあ……そうね……永遠に、踊り続けていたいかな」
 うつむいてそうこたえると、ドアが開いて団体客が入ってきた。わたしはメニューを持ってカウンターから飛び降り、団体客のテーブルに向かった。
「このマリオネット、左右の目の色が違うのね」
 団体客の一人が言った。
「珍しいでしょう。気に入ってるんです」
 わたしは少女の足元で、盛大に踊った。
 

1

マリオネットの復讐劇

散々いじめてくれてありがとう。
おかげであなた方に復讐する決意が出来ました。
私に溜まっていた憎悪をこれからみなさんに遠慮なくぶつけることができると考えると、それはそれは気分が高揚します。これまでとは違う気持ちです。これを皆さんは「希望」とか「幸せ」って呼んでいたのでしょうか。

例えばあなたは生まれたばかりの私を捨てて、例えばあなたはそんな私を見世物にして金を集め、例えばあなたは私にたくさんの傷を作って、例えばあなたたちはそんな私を嘲笑して悪者に金を払いました。

ただ、私がオッドアイだったってそれだけで。

ただ、私の瞳の片方が黄色だったってそれだけで。

緑と黄色。この世界では最悪な色の組み合わせです。特に黄色なんて、悪魔の瞳の色ですから。
でも、その悪魔が私の前に現れてくれたんですよ。黄色い双眸を輝かせて私のもとに降り立ちました。
『君には才能があるよ』と、そう言って。
それはもう甘いお誘いでした。甘くて甘くて甘ったるくて、クラクラしちゃうようなお誘いでした。「甘言」というやつなんでしょうね。本当に甘いお言葉でした。
悪魔は私の黄色い瞳に魔力を込めてくれました。この目で見たものは私の想像の通りに動きます──例えそれが物理法則を無視していても。

さあ、これから憎悪の限りを尽くしましょう。これから私は悪魔の道化になるのです。わかっています。私の願いが満たされたら、私の魂は悪魔のものになることくらい。でも、たかが私ごときの魂で満足してくれるなら、安いものです。なんなら身体もセットでお渡ししたいくらいです。
だから、私はピエロになるのです。例え悪魔の目的がわかっていても、今度は人ではなく悪魔が私を笑い者にしていると知っていても、それでも私は進んでピエロを引き受けます。
さて、まずは誰から始めるべきでしょう。
やはり私を捨てた両親からでしょうか? いえ、それは最後にとっておくのも良いかもしれませんね……。

少女は世界の破滅を目論みながら、穏やかに笑む。