ガラスの眼球
こんにちは、純粋な眼球を買いに来ました。
ええ、そうです。2つ。
え?どのような理由でご所望か、ですって?
いやね、ご主人。私は言葉を書く人間なんですけれどもね。どうも最近は曇ってしまっていけない。それで街を見渡してみますと、澄み渡った視界じゃない。昔、というのは少年時代辺りでしょうか、見えていたものが全く、見えなくなってしまったんですよ。逆に扁平な形になったので視野は広がりましたけれどもね。物書きをさせてもらっている私からすれば、木や鳥や、人がうまく見えないっていうのは些か問題なわけでして。
それで、ですよ。ご主人。訊くところによると、眼球が曇ってしまうのは、どうにも”眼に入れた言葉”とか”耳に入れた言葉”が眼球を傷つけているからだそうな。それでこいつはなかなかに不可逆的な、例外はあるそうですけど、そういう現象らしくて。ええ。まあ大抵の大人はそんなこと気にしないで生活しているそうなんですけれども。視野が広い方が何かと便利ですし、ね。でもほら、先程の通り私は物書きでして、そうではいやはや困ってしまうのですよ。
ええまあ、そんな理由で。それで純粋な眼球というのは何処にあるんで?
ああこれですか。いやでも、これはなかなかに……まあ、小さいですな。ここに並んでいるものはすべて子供用ですかな?はて、大人用は何処にありや。
え?ここにあるものが全て?困りましたな。では他の店を当たってみるしか……。なんと、他の店にも売ってない?それは何故。
眼球というのは、ほう、成長すれば勝手に言葉が入ってきて曇り始めて。それ故まだ幼い眼球しかない、と。これ以上は曇った眼球しかないのですな。
なる程。分かりました。私は間違っていたようで。眼球は曇ったら交換できるものではなく、眼球が曇らないように丁寧に言葉を入れなければならなかったのですな。いやはや、今となっては手遅れかも知らないが、せめてこれから気をつけましょうか。
ご主人、ありがとうございました。また機会ができたら、いつか。
それにしても、ご主人。あなたも歳がいっていながらこれまた随分ときれいな眼球ではないですか。大切にしていればそんな硝子玉のような眼球にもなるものか。
ええ、ではまた。御機嫌よう。