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とりあえず吐き出す

辛かったこと思い出して寝れないから吐き出す、現在も辛いことある
今週学校にあんまり行けてない(月曜日遅刻からの早退、火曜日遅刻、水曜日欠席)、部活も参加できてない(副部長やってる)
他人を自分の思い通りに動かそうなんて考えることが間違ってるのはわかる。でもなんでわかってくれないんだろうって思うことだってある。そして他人が自分の思い通りにならないことよりも、そう思いたくないって思ってるのにそう考えちゃう自分の方が嫌。
もう1人の副部長ともイマイチ連携がとれてないし、完全に自分たちだけで運営していく部活だから独裁になっていないかどうかが不安。
今日祖母には勉強が第1なんだから部活はやめてもいいんだとか言われたけど、僕は部活が大好きだし、卒業しても続けたいと思ってるし、廃部寸前のこの部活を絶対に途絶えさせたくない。僕のその気持ちを否定されたのはすごく嫌だった。

最近よく中一の不登校スレスレの時期を思い出す。中受に失敗して行った地元の公立中学。初めて会った瞬間から合わないと思った担任。毎日自傷行為して、毎日泣いていた。夏にはご飯が食べられなくなった。合唱祭のときには無理して、でも頑張って朝練行った。心療内科では「うつ病って言うのもね〜」って言われた(今思い返してみればうつ病寸前だったと思う)。それでも頑張って学校行ってたけど、三学期になったら限界が来て、学校行きたくないって親に伝えた。母は泣いた。その日の午後、担任が家庭訪問に来た。すごく嫌だったけど、担任が嫌なんて当時は言い出せなかった。それから週1くらいで学校休んだけど、どうせ出席しなくても進級できるんだし毎日休んでも良かったな。休んでいた週一回以外は母に叩き起されて(本当に体中叩かれた)、泣きながら起きて、イヤイヤ学校行ってた。なのに父には「いじめられてるわけじゃないんだし学校行け」って言われてすごく傷ついた。こいつは僕のことを理解する気がないんだなって思った。
しばらくしてコロナが流行って休校が決まった。心底安心した。

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卒業生ですが

こんばんは。
今日、この掲示板のことを思い出して、久しぶりに書き込みます。

SOLを卒業した後、しばらくは大学や趣味の勉強などを楽しみながらのんびり生きていました。
しかし、半年前くらいから持病が悪化しました。
それ以来毎日泣きながら、症状や薬の副作用と、日常生活との両立の大変さに耐えてきました。
最近は治療の甲斐あって少しずつよくなってきています。しかし、大好きな勉強に全力を出せなくなってしまったこと、大学に行くことさえもやっとになってしまったこと、成績が下がってしまったことが悔しくて、未だに悩んでしまう時があります。

久しぶりにここを見てたら、みんな一生懸命に生きてるんだなと思いました。
周りに深刻なことを話し合える人がいなくて、友達などには闘病中だと言ってもいつも気丈に振る舞ってたので、みんなの心の声を垣間見られたような気がしてひとりじゃないんだと感じました。なんだか肩の力が抜けたような気がします。
もちろん、病気以外のことでも、私より大変な思いをされている方がいると思います。なんなら私のつらさなんて小さなことかもしれません。
でも、私たちみんな、生きてるだけでえらいのかなと思います。

ずっと学校掲示板などにも書いてきましたが、私の夢は、治療の過程で出会った先生方や看護師さんのような医療従事者になることです。
最近通院回数が増えて、改めて先生方への感謝を感じています。私が少しでも人並みに大学生をやれるよういつも支えてくださっているのは、幸せなことだと気づきました。そして、そのご恩を返せるような医療従事者になりたいと思っています。
体力的にも精神的にもしんどくて諦めたいと思うことがよくありますが、なんだかんだこのマインドで、ひとまず国家試験合格まで続けていきたいな。

思ったことを書き連ねただけですが、卒業生の近況報告と決意表明、この掲示板への感謝の気持ちでした。
帰ってこれる場所があってよかった。