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見える世界を超えて エピソード8:雷獣 その⑩

「…………ああクソ、おいシラカミ」
種枚さんが白神さんに呼びかける。その声色に、先ほどまでの純粋な殺意は感じられなかった。
「あれ、どしたのクサビラさん」
「お前、その子に感謝しろよ。私が目ェ掛けてる人間がこんなに意地張るから、仕方なく折れてやるんだからな」
「もちろん!」
「それから、君」
種枚さんの恨めしそうな視線が、こちらに向けられる。
「な、何でしょう」
「後悔することになるぜ。妖怪に気に入られやがって……私だって君にずっとついていてやれるわけじゃ無いんだからな」
「いや、別に……」
「お前、分かってないな?」
何を、と問い返そうとして、それは白神さんに遮られた。後ろから抱き着かれ、その上急に高く持ち上げられたのだ。
「し、白神さんやめて」
「千葉さあああん! 千葉さんはわたしの命の恩人だよ! 本っ当にありがとう! この御恩は一生かけてでも返すよ!」
「白神さん、痛い……」
白神さんの力が、ではなく、溜め込んだ静電気が。
「だから言ったのに。怪異に気に入られたんだ。タダじゃ済まないぜ?」
種枚さんが呆れ顔で言ってきた。
「……後悔、しないよう努めます」

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視える世界を超えて エピソード8:雷獣 その⑨

「ああクサビラさん、最期にお友達とおしゃべりする時間をもらうよ?」
「……好きにしろ」
白神さんの問いかけに答え、種枚さんが1歩退いた。一息ついて、白神さんの方に向き直る。
「ねえ千葉さんや。1個だけ、正直に答えてほしいんだ」
「……何でしょう」
白神さんの質問が何なのかは、既に察しがついていた。深い藍色の虹彩に縦長の瞳。微笑を浮かべた口から伸びる鋭い牙、さっき攻撃を受けた際に身体を庇ったのか、上着の袖の破れた穴から覗く、滑らかな栗毛の毛皮。パチパチと音を立てて、彼女の身体の周りに目視できるほどはっきりと流れている放電。
「千葉さんや。わたしのこと、怖いと思う? 正直に答えてほしいんだ。『怖い』って、そう言ってくれたら、わたしは人間に混じっているべきじゃない。大人しくクサビラさんに殺されるよ。それが正しいことなんだから、わたしは気にしない」
「…………」
正直に答えるとしたら、たしかに『怖い』と言わなくちゃいけない。ヒトじゃない存在の恐ろしさは、実体験として知っている。友人として接していた人が、『人』ではなかった。その事実に戦慄するなという方が無茶な話だ。
「…………全く怖くない、とは言いませんよ。妖怪だっていうなら」
「そっかー」
「でも、それでも白神さんは自分にとっては大事な友人です。そんな白神さんを失いたくない。……それに」
種枚さんに目を向ける。
「白神さんなんかよりよっぽど恐ろしいモノ、自分は見慣れてますから。だから大丈夫、白神さんは怖くなんかありません。可愛い可愛い私の友人ですよ」
「ち、千葉さぁん……!」
種枚さんがどんな反応を示すのか、注意を向けてみると、種枚さんは後方の自身の足跡を眺めていた。少しずつ火の手が広がりつつある落葉に向けて適当に腕を振るうと、落葉が大きく舞い上がり、火もかき消された。