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視える世界を超えて エピソード9:五行 その⑥

「お、全員揃ってんじゃーん。みんな真面目だねェ」
そう言いながら、扉に一番近い椅子に身を投げ出したのは種枚さん。その背後に鎌鼬くんが立ち、……あと1人、この少女は見たことが無いな。小学生くらいかな? 種枚さんの知り合いだろうか。
「ほれ、全員座りなよ。いつまでも立ってるのも疲れるだろ? ああ、犬神ちゃん、セッティングありがとう」
「良いの良いの」
答えながら、犬神ちゃんは種枚さんの席から1席挟んだところに座った。隣に座るだろうと思っていたから意外だった。種枚さんの隣には、近くにいた白神さんが座る。
「……あれ、潜龍神社の跡継ぎさんだ」
「ん? ……何だ、岩戸の三女じゃないか」
「なんで姉さまとの縁談断ったんです?」
「悪いがこちらも跡取りだ……というかそんな話を人前でするな」
「これは失礼しました」
少女はどうやら、神社の男性と知り合いらしい。
「……コネの無い連中は知らない同士だろ。とりあえず自己紹介でもしておくかね? お前ら全員私のことは知ってるはずだから良いとして」
種枚さんが顎で白神さんを指す。
「あ、白神メイです。どうぞよろしくー。じゃあお隣さん」
「私? 犬神って呼んでくれれば良いよ。はいお隣にパス」
犬神ちゃんの左隣に座っていたのはあの少女だった。
「えっと、岩戸青葉です。呼び方はどうぞお好きなように。跡継ぎさん、どうぞ」
「む…………一応、潜龍の名で通ってはいるが……平坂だ」
一周して、種枚さんに手番が回ってくる。
「あとは私の馬鹿息子とお気に入りが同席してるな」
「だからその言い方やめ……あの、俺別にこの人の子どもとか養子とかそういうのじゃないんで。どっちかっつーと弟子です。えっと、まあ鎌鼬と呼んでいただければ。じゃあお気に入りさん」
「えっあっはい」
そういえば、鎌鼬くんにも名乗った事は無かったっけ。
「えっと、千葉です。種枚さんにはいろいろと助けてもらってます」
何故か拍手があがった。

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視える世界を超えて エピソード9:五行 その⑤

種枚さんに言われた市民センターの集会室に入ると、既に先客が一人いた。
「あ、キノコちゃんのお気に入りだ」
「犬神ちゃん、久しぶり」
「うん久しぶりー。それ誰?」
「友人の白神さん。白神さん、この子は犬神ちゃんです。種枚さんの……友達?」
「それで良いや」
適当に答えて、犬神ちゃんは長机を並べ始めた。
「今日はキノコちゃんのお気に入りを合わせないで5人来る予定なんだって」
……そういえば、犬神ちゃんには名前が伝わっていなかったような。
「自分は千葉というんですよ、犬神ちゃん」
「へー」
聞いているのかいないのか分からない返事をしながら、犬神ちゃんは長机とパイプ椅子を並べ終えた。
そして、それとほぼ同時に、また部屋に一人入ってきた。
「……⁉」
神社で会ったあの男性だ。驚愕したような目は白神さんの方に向けられている。種枚さんにあんなことをする人だ。あの時の言い方からして、白神さんにも何かするかもしれない。一応、庇うように彼女の前に出る。
一瞬場に緊張が走ったけれど、それはすぐに、また新たに部屋に入ってきた三人組に解除された。

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視える世界を超えて エピソード9:五行 その④

「やあ、岩戸青葉さん」
学校から帰ってきた少女を、彼女の自宅の門の前で種枚が出迎えた。
「あの月夜ぶりだね。君の化け物狩りの姿、正直感動してたんだぜ」
そう言われて、ようやくその少女、青葉も種枚のことを思い出したようだった。
「あ……あの時はありがとうございます、えっと……」
「そういえば、名乗っていなかったか。こっちは人伝に君の名を聞いていたけど……改めて、私は種枚。よろしく」
「よろしくお願いします。私は……って、もう知ってるんでしたっけ」
「ああ。それで、今日私が来た用事については、聞いているかな?」
「…………あ、もしかして、この間姉さまが言ってた人って、あなたでしたか」
「そうそう。それで、来てくれるのかな?」
「えっと、はい。少し待っていてください、鞄片付けて着替えてくるので」
「ああ。……そうだ、ついでに君の愛刀も持ってくると良い。きちんと鞘に仕舞った状態でね」
「? 分かりました。では一度失礼します」
数分後、私服に着替えた青葉が、刀を専用の袋にしまった状態で携えてやって来た。
「ようやく役者が出揃った。じゃ、行こうか。そうだ、『青葉ちゃん』って読んでも良いかね?」
「え、まあはい。どうぞ好きなように」

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視える世界を超えて エピソード9:五行 その③

「やあ、君」
千葉・白神の2人は大学からの帰り道、種枚から声をかけられた。
「……いるとは思ってたが、やっぱりシラカミも一緒にいたか」
「あっはい」
「さぞしんどかろうて」
「意外と慣れますよ。たまにバチッと来るくらいで」
「まあ良いや。今回用があるのはシラカミの方だから」
「およ、メイさんに何の御用ですかね?」
「来週の金曜、17時以降、空いてるかい?」
「うん空いてるけど……」
「来てほしい場所があるんだ。その子を連れてきても構わないから、来てくれるかい?」
「良いよー。千葉さんや、一緒に来てくれる?」
「あ、良いですよ」
「よっしゃ、じゃあ場所と時間を教えるぜ。多少なら遅刻してくれたって構わないから、気楽に構えておくれよ」
2人に情報を伝え、種枚は足早にその場を去った。
「……白神さん」
背中にぴったりと貼り付く白神に、千葉が声をかける。
「何?」
「実は行きたくなかったりします?」
「なんで?」
「いや、あの……電気が漏れてまして」
「あ、ごめん。いやね? やろうと思えばちゃんと抑えられるんだよ? 動ける?」
「少し待ってもらえれば……」
「ごめんよー」
謝罪したにも拘わらず離れようとしない白神に苦笑し、千葉は絶え間なく弱い電流を流され続けて麻痺した身体を解そうと少しずつ動かし始めた。

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視える世界を超えて エピソード9:五行 その②

今月分の『デート』を終え、種枚と犬神は地面に開いたクレーターの縁に並んで座って一息ついていた。
「……そうだ、犬神ちゃん」
「なーに、キノコちゃん?」
「たしか次の金曜、開校記念日なんだろ?」
「うん。何、掟破りの2度目をご所望?」
「いや、そうじゃな……いやまあ、君に会いたいのは事実なんだけど」
「良いよ。じゃあクラスの奴らと遊ぶ予定はキャンセルしとこ」
「そこまでするかね?」
「正直、学校の奴らにキノコちゃんより大事にする価値のあるのが居ないんだよねぇ」
「青春時代の友人は大事にするもんだぜー?」
「私、キノコちゃんのこと大事にしてるよ?」
「うんごめん、言い方が悪かった……それで、金曜の用件なんだけどね。せっかくだから君にだけは教えてあげよう」
「え、ホント? やったー!」
種枚に耳打ちされ、犬神は表情を輝かせた。
「何それ楽しそう! 賛成!」
「君に喜んでもらえて嬉しいよ。それじゃ、来てくれるんだね?」
「もっちろん! 私も中心メンバーなんでしょ? 絶対行く!」

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視える世界を超えて エピソード9:五行 その①

とある土曜日の朝、青年潜龍が神社の境内を清掃していると、背後から砂利を強く叩くような音が聞こえてきた。そちらに振り向くと、1本の矢が地面に突き刺さっている。
その矢の中間あたりには、紙が細く折り畳まれ結ばれていた。

『果たし状
 某月某日金曜日17時
市民センター1階会議室にて待つ。
                    “鬼子”種枚』

「……果たし状だと? にしては随分と平和的な場所に呼ぶじゃないか」
悪縁とはいえ決して短くは無い付き合い。目的が『果たし合い』でないことは容易に想像がつく。潜龍は矢文を再び畳んで懐にしまい、清掃作業に戻った。
(……まあ、念のためにいくらか『道具』は持っていくか)

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見える世界を超えて エピソード8:雷獣 その⑩

「…………ああクソ、おいシラカミ」
種枚さんが白神さんに呼びかける。その声色に、先ほどまでの純粋な殺意は感じられなかった。
「あれ、どしたのクサビラさん」
「お前、その子に感謝しろよ。私が目ェ掛けてる人間がこんなに意地張るから、仕方なく折れてやるんだからな」
「もちろん!」
「それから、君」
種枚さんの恨めしそうな視線が、こちらに向けられる。
「な、何でしょう」
「後悔することになるぜ。妖怪に気に入られやがって……私だって君にずっとついていてやれるわけじゃ無いんだからな」
「いや、別に……」
「お前、分かってないな?」
何を、と問い返そうとして、それは白神さんに遮られた。後ろから抱き着かれ、その上急に高く持ち上げられたのだ。
「し、白神さんやめて」
「千葉さあああん! 千葉さんはわたしの命の恩人だよ! 本っ当にありがとう! この御恩は一生かけてでも返すよ!」
「白神さん、痛い……」
白神さんの力が、ではなく、溜め込んだ静電気が。
「だから言ったのに。怪異に気に入られたんだ。タダじゃ済まないぜ?」
種枚さんが呆れ顔で言ってきた。
「……後悔、しないよう努めます」

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視える世界を超えて エピソード8:雷獣 その⑨

「ああクサビラさん、最期にお友達とおしゃべりする時間をもらうよ?」
「……好きにしろ」
白神さんの問いかけに答え、種枚さんが1歩退いた。一息ついて、白神さんの方に向き直る。
「ねえ千葉さんや。1個だけ、正直に答えてほしいんだ」
「……何でしょう」
白神さんの質問が何なのかは、既に察しがついていた。深い藍色の虹彩に縦長の瞳。微笑を浮かべた口から伸びる鋭い牙、さっき攻撃を受けた際に身体を庇ったのか、上着の袖の破れた穴から覗く、滑らかな栗毛の毛皮。パチパチと音を立てて、彼女の身体の周りに目視できるほどはっきりと流れている放電。
「千葉さんや。わたしのこと、怖いと思う? 正直に答えてほしいんだ。『怖い』って、そう言ってくれたら、わたしは人間に混じっているべきじゃない。大人しくクサビラさんに殺されるよ。それが正しいことなんだから、わたしは気にしない」
「…………」
正直に答えるとしたら、たしかに『怖い』と言わなくちゃいけない。ヒトじゃない存在の恐ろしさは、実体験として知っている。友人として接していた人が、『人』ではなかった。その事実に戦慄するなという方が無茶な話だ。
「…………全く怖くない、とは言いませんよ。妖怪だっていうなら」
「そっかー」
「でも、それでも白神さんは自分にとっては大事な友人です。そんな白神さんを失いたくない。……それに」
種枚さんに目を向ける。
「白神さんなんかよりよっぽど恐ろしいモノ、自分は見慣れてますから。だから大丈夫、白神さんは怖くなんかありません。可愛い可愛い私の友人ですよ」
「ち、千葉さぁん……!」
種枚さんがどんな反応を示すのか、注意を向けてみると、種枚さんは後方の自身の足跡を眺めていた。少しずつ火の手が広がりつつある落葉に向けて適当に腕を振るうと、落葉が大きく舞い上がり、火もかき消された。