小さいころ中越地震を経験しました。
3、4歳だったのでうろ覚えですが、周りの大人が笑顔だったことと、とにかく協力を大事にしていたことは今でも思い出せます。日本は地震の多い国。3.11の出来事も他人事と思わずに、自分が出来ることやもし地震にあったらどうするべきか考えることが大事なんじゃないかな。
綺麗事じゃ生きていけないってのを思いしったな。
あの日からあまり笑わなくなったし。
皆口ばっかりだって思ってたし。
校長・教頭こんばんは。今夜もよろしくお願いします。
地震が起きるたびに「もしかしたら大きな地震が…」と考えるようになった。 忘れちゃいけない、あの日のこと。
東日本大地震から明日で5年。
TVなどたくさんのメディアでこのことが取り上げられています
しかし、皆さん忘れていませんか?
5年前の3月12日、長野県北部の栄村で大きな地震がありました。長野県北部地震です。
私は長野県に住んでいますが、県内のニュースでさえも今日になってやっと栄村の様子を放送していました
東北での大きな地震は風化してはならないと報道されることが多いです
もちろん、東北での地震やその被害は忘れてはならないことです
でも栄村の地震も忘れてはならないことだと思うのです
こんなにも風化されてしまうのか…同じ県内でもどれほど復興できているか知ることができないのか…悲しいです
皆さんにもぜひ、東北を思い出すと同時に栄村のことも思い出してほしいです。
東北も栄村も少しでも早く復興できるよう、私もできることをしていきたいと思います
私はその日学校で下校中の事でした。揺れはほとんど感じなかったのですが、家についてTVを見ると東北で大規模な地震が起きていた事を見て絶句したのを今でも鮮明に覚えてます。あれからは5年経った今でも完全に復興したとは言えないと思います
これからも完全復興目指して頑張れ東北!!
3月になった途端、テレビでも新聞でも東日本大震災のことを報道するのが不思議。3月だけ関心を向けてればいいの?
5年前、私は小6で震災を経験しました。その日はちょうど大掃除で友達が終わるのを待っていたときにあの大きい地震が来ました。あの日に友達を待っていなければ私は家に帰ろうとしている途中で大地震に遭い、今私は生きていなかったかもしれないと思うと偶然のめぐり合わせは本当に分からないものだなあと今でも感じています。生きたくても生きられなかった人の分まで頑張ろうと思えます。
東日本大震災から5年も経ったんですね。僕はあの時小2で帰りの会の途中でした、突然揺れ出して机の下に逃げ込みました。激しい揺れの中で見えたのは泣く友達とまるで木の枝のようにしなる電柱、教室、学校全体、周辺の建物がきしむ音。避難している時壁に入った大きなヒビを見てここは危ないと思いました。家に帰ると棚からは食器やガラス製のコップが割れて落ちていてスリッパでないと歩けませんでした。夜はとても寒く停電していたので真っ暗な部屋で寝て怖かったのを覚えています。
あの日から5年!
まだなにも終わってない!!
復興した部分、してない部分、報道されているのはいいところばかり!
細部にまで目を向ける姿勢を持って欲しい!