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スクールオブロックの力

スクールオブロックは、きっと被災地の励ましや勇気のみなもとになっているはずです。

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⒊11

次は、自分達の近くで地震が起こるかもと思っているけど記憶が風化してしまって特に準備が出来ていない…
僕が高校生になると、県外に出るのですぐ会うことも出来なくなるかもしれないけど連絡手段くらいはないと行けないと思う。
できる事は早くするようにしよう!

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2011.3.11

当時私は神奈川住んでおり、揺れは小さくはありませんでした。生まれて1ヶ月の弟を連れて避難所に行きました。そこで、近所の年上の姉妹に会いバナナをくれました。私の親がいいのいいのっと断りましたが、私は嬉しくてたまりませんでした。当時はバナナ好きだったからです(笑)
でも、そこで、同じ辛い思いをしたからこそ、その優しさが身にしみて分かりました。

苦無く暮らすって大変なことだということを。

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忘れられない

僕は保育園でお昼寝をしていました。
正直ビックリして周りが泣いていました。
今考えると怖い 怖かった。

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3.11

自分は当時学校を休んで家にいました。
その時は疲れて昼寝をしていたのですが、突然強い揺れに襲われました。その後当時は同じマンションの別の階にいた祖父母の家に行きテレビをつけたら、そこには凄惨な状況が広がり、生中継で津波が押し寄せたりする映像が流れていた。

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災害

自分には災害とか縁のない存在だと思っていたけど、もういつ起こってもおかしくない“南海トラフ”が身近にある。って言うことを改めて頭に入れておこうと思った。。

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春よ来い

アネモネの咲く春に
聞けるかな。きけますように

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3.11

今日は、大切な日ですね。
9年前の今日。東日本大震災がありました。
9年前の私は小学1年生でした。
丁度家に帰っている頃。
家に帰るとテレビでは津波,地震の映像が流れていました。
妹が「ここにもこれ来るの?」と怖がっていたことが頭から離れることはありません。
そして、昨年の夏。
私の中学校の修学旅行が同じ学校名があった宮城県に行きました。
まだ、復興中でした。
民泊だったのでお世話になるお母さん,お父さんに地震の話を聞きました。
他にも、たくさんの方からお話を聞きました。
私は、心が苦しくなるお話の方が多く、涙ながらにお話を聞きました。
このように話を聞いた人が次の世代にも伝えていかなければならないと思います。

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そうだよね

100%明日を生きれる人は誰ひとりとしていないよね。酷な言い方だけど。だから毎日毎日を一生懸命、必死に生きよう。

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東日本大震災

私は、あの時小学校6年生で学校の図書室の前で震災にあいました。怖かった。立っていられなかった。あんな辛い日々が待っているとも思っていなかった。
あれから9年。言葉だと長く感じるけど、すっごい早く感じた。もう21歳。9年ってあっという間と感じました。