表示件数
0

令和2年

私の令和2年は、ずっと孤独との戦いだった。大好きな人たちと会えなくなって、限界が来た。死にたい、消えたいって思った。
そして、春馬くんが亡くなった。私も一緒に逝きたいって正直思った。
でも、周りにいる職場の人たちに支えられながら今も生きてる。
今でも消えたいって思うけど、でも一つ言えることは、今、私は生きてる。

0

令和2年

クレイジーだったけど楽しかった

来年もクレイジーな令和三年期待してます

令和二年万歳

0

すごいこと

校長先生に自分達からお願いをしに行くってすごい
辛いよね 私も3年生全員で大会に出れなくて悔しかったな

1

私の令和2年

今までずっと過ごしてきた『当たり前』が簡単に無くなってしまう怖さを実感した1年でした。
それこそ、楽しみにしていたamazarashiのライブツアーもすべて中止になり、会社も交代勤務になって会社と家以外どこにも行けない日々。感染に怯えながら独りで耐えたあの頃は、本当に辛かったです。
でも、その我慢ばかりの生活があったからこそ、忘ていた、『当たり前』の尊さを思い出せた1年でもありました。大人になっていっちょまえに一人で生きてるつもりでいましたが、本当は家族や恋人や友人、会社の苦手な上司にも支えられていたんだと気付きました。みんなが恋しくなってたまらなかったです。令和2年を過ごすのは二度とごめんですが、この1年は私の人生に必要だったと思います。

0

令和二年

大学受験に失敗し浪人した一年。社会からはぐれた疎外感を感じて苦しい一方で、他県に引っ越せない地元の友達と会えた。ライバルの高校生は満足に授業を受けられず、大学生は大学に行けず、浪人生は予備校に通えた。自分にとっては好都合で、大切な友達や下級生には不都合だった一年。

0

考えさせられる

曲を聴いててこの令和2年の出来事や、身近なことを考えたなー
すごい考えさせられる曲

0

こんばんは。

不安だらけの令和2年。私は、辛いこと、しんどいことたくさんあります。病気も親とのこともしんどいし、不安。親のことで傷ついてる。悩み抱えてます。話し聞いてほしい。初逆電ください。

0

令和2年

令和2年、沢山の「たら」と「れば」ばかりでした。
もしコロナでアウトドアが流行しなければ、従兄弟は死ななかったかもしれない。

もしコロナがなければ、もっとゆっくり従兄弟を送り出せたのかもしれない。

やるせない、数え切れない「たら」と「れば」は心に降り積もるばかりで、今も嗚咽を漏らして泣いてしまうことがあります。

そんなとき、秋田先生の「エンディングテーマ」は他の曲以上に寄り添ってくれました。やはり私達は今日も雨曝しですが、それでも生きていきたいと、そう思っています。

0

令和2年の私から、10年前の、ここの生徒だった私へ

10年前。東日本大震災の真っ暗な夜の中。あの頃も死にそうな顔をしながらひたすらラジオで耳を塞いでいた。もうすぐ30代が来ようとしている今も、世の中でいつもと違うことが起こっていて、私は相変わらず死にそうなんだけど、それでも、今は、必死に生きようとしているよ。未曾有の事態に大量のストレス。当時も、今も、ここにたくさんいる生徒の皆さんもきっと、いつもと違う日常にいろんなものを抱えたりして、苦しくなってないかな。無力さばかり際立って仕方ない今みたいな時間はこんな短い人生でも何度もやってきたけど、生きててよかったと思う。10年前の私へ。あの時死なないでいてくれてありがとう。今になってようやく言えるようになった、令和2年の私より。