あの時は本当に怖かった。
避難をして、帰った頃には実家のフェンスに津波のあとがあって、周りより少し高くなっていたので2度目の浸水はなかったけれど初めての経験で不安しかなかったです。。
10年前、私は4歳でした。4歳の頃の記憶はあまりありませんが、幼稚園の帰り、私の母と車に乗ってすぐに地震が襲ってきました。それは鮮明に覚えています。私が居た場所は震度5弱だったそうです。
私には5つ上の兄がいます。当時小3だった兄は授業中に地震に襲われ、何も持たず、全員で校庭に逃げたそうです。その後は親が気温が低い中 家族が迎えに来るのを待っていたそうです。当時は私の母は仕事が休みで、すぐに兄を迎えに行けたそうですが、中には仕事等で迎えが来ない人もいて「自分も連れて行って」というような表情を浮かべている子供もいて、本当に辛かったと母が言っていました。
昨日、震災から10年経って中2になった私は、学校で震災道徳の授業を受けました。授業の最初に黙祷をしました。その後は、ご実家が宮城にあり、津波によってお祖父さんを亡くされた先生からお話をききました。とても胸が痛かったです。
絶対に3.11を忘れません。
震災によって亡くなられた方々に
ご冥福をお祈りします。
今日は東日本大震災から10年ですね。
10年前か…幼稚園児だった僕は、たぶん幼稚園の帰宅のバスに乗ってる途中だったか、降りた後だったか覚えていませんがそれくらいの時間でした。揺れの大きさ事態も覚えていません。
それから10年という月日が経った今日。
一週間後に学年レクレーションが控えているので、クラスのみんなでそれに向けての練習を体育館でしていたとき、急に避難訓練が始まり、そのあと、放送を通して14:46に学校全体で黙祷をしました。
「被災した人々の思いを繋げる。」校長先生はこう言いました。確かにそのとおりです。
今を生きる僕達が思いを繋げれば悲しみをきっと乗り越えられると思います。
今、僕が伝えたいことは以上のことです。
自分事を含めた長文、失礼しました。
10年前の放送が当時をリアルに物語っている。とーやま校長の今のメッセージが心にしみる。
というか昔の音源がすぐに出てきたり、今日もう一度その生徒に逆電ができるSOLはすごい。
10年前の今日、私は小学校6年生でした。学校に居てあまり揺れを感じなかったから何が起こってるのか分からなかったけれど、家に帰ると私の住んでた部屋もすごく揺れたこと、テレビを通して東北が大変なことになっているということを知りました。言葉を聴いたり映像を見るだけでもものすごく怖かったことを覚えています。その当時、震災を経験して被災した生徒たちは比べ物にならないくらい本当に怖かっただろうな。いつ起こるか分からないし、予測することも防ぐことも難しいものだから怖いけど、改めて今ある毎日が当たり前じゃないと強く思います。何も無いただただ普通の毎日をもっともっと大切に、無駄にしないように生きていきたいです。時を経てここに帰ってきてくれた当時の生徒さん、今ここに登校してる生徒さん、校長教頭職員の皆さん、今日までこうしてみんな生きててくれて本当に本当にありがとうございます。これからもあの日のことをずっと忘れないように。
あれから10年。
私の父は東日本大震災の翌年から市民有志による震災のイベントを行っています。
当時は小学校入学前だった私も、10回目のイベントを行う今年は高校一年生になりました。
年を重ねるにつれイベントへ馳せる思い、そしてスタッフとしての責任を感じるようになりました。
10年ということでひとつの「節目」として各メディアも大きく取り上げていますが、何年ということは関係なくこの出来事は決して忘れていけないものだと思います。もちろん東日本大震災以外の全ての災害もそうです。
今私たちにできることは、忘れないこと。そして、地震への備えを知るだけでなく、実行することだと思います。