彼女は荒波のように、僕の身体を、こころを侵して、次の瞬間には消えてしまっていた。まるで波が引いたかのように。
いや違う、鼻に微かなものを感じたとき、僕は悟った。彼女は跡形もなく消て去ったのではない。荒波ではなかったのだ。僕に甘く柔らかな香りを残し、通り過ぎていったんだ。
優しい風だったのだ。
枯れて黄土色になった芝生の上に
白い点一つ
誰もいない公園に
僕とあなた
病気が移るぞと
お父さんに昔言われたけれど
綺麗なあなたを前にしたら
そっと抱き上げて
大切にポッケにしまって
見つからないように
走るんだ
どこまでも
ひとりにしないでと そっと呟いた言葉は
滴る雨に かき消されてしまった
今日もどこかで
誰かの叫び声が 怒号が 悲鳴が鳴り響いても
コンクリートの建物に 広大な砂漠や空に
吸い込まれては 消えていく
どれだけ苦しんでも 泣きたくても
その声は 喉の奥に留まったままで
みんなの知る自分は 綺麗な仮面をつけた自分
もしも 1日くらい自分の本当の声を吐き出せたら
吸い込まれていく誰かの声が
邪魔されずに みんなに届いたら
少しは楽に慣れたりするのだろうか
わからない
そのたった一言が 人間から思考を奪う
わからない
そのたった一言で 簡単に逃げられてしまう
むしろわかることの方が 少ないのに
わからない
そんなわかりきったこと
言葉にしてしまえば
そこで全て 止まってしまう
わからないなりに
それでも僕らは 進まなきゃいけないんだ
わからない
なんて言ってる暇はないんだ