客観を極めると
自己存在は潰れて消え去り
世界の中で
普遍的な理性と
多種多様な欲求が
激しくぶつかり
荒々しくうねる姿が
見えてくる
自らの理性が普遍的か
それだけ気になる
職員会議を終えた先生は、軽く説明をして、生徒を廊下に並ぶよう促す。先程と変わらず、必要最低限のことしか話さない。番号順に並べということだったが、この団体行動に 瑛瑠は驚かずにいられなかった。
前も後ろも、廊下中に人、人、人。
チャールズが言うには『まわりの人の真似をしてください。式中はただ座っていればいいです。』
ふと、あの彼が目に留まる。
まわりの様子をうかがうでもない。
自分と同じような境遇であるなら、慣れていないことだらけではないのだろうか。
つかめない人である。
「瑛瑠さん、隣同士みたいだね。」
不意に声がかかる。望だ。長谷川と祝の間に人はいなかったので、どうやらそういうことらしい。列は2つということだ。
「ぼーっとしてたみたいだけど、大丈夫?」
「はい、大丈夫です。」
言い辛そうに口を開く望。
「あの……別に、敬語じゃなくていいよ?」
呆気にとられる。
どうして急にそんなことを。たしかに、そうかもしれないが。
「癖のようなものですから、気にしないでください。」
それでも納得には至ってないように見える。
「……長谷川さん?」
「う、ううん、癖ならしょうがないよね!」
そう言って、前を向いてしまった。
基本敬語だ。それは、そうマナーとして教えられたからに過ぎない。チャールズやお世話係、メイドに使わないのも然り。立場云々ではなく、その場面には相応の対応があるということだ。
だからといって相手に強要する気はないし、自分と違うからといってどう思うわけでもない。口調も、個性のひとつだ。大切にされるべきものである。
と、瑛瑠は考えるので、唐突な望の発言には、どうしても疑問を抱いてしまうのであった。
教室全体を見回して、ある男子生徒に目が留まる。
「瑛瑠さん?」
本を読んでいるようだ。
「あの、長谷川さん。彼のこと、知ってます?」
今 本を読んでいる、と付け足す。
望は首をかしげる。
「いや、知らないよ。」
ですよね。
思って応えずにいる瑛瑠を、望は訝しげに見る。
「どうしたの?」
まさか、本人に言うわけにもいくまい。
「いえ、ホームズなんて 洒落ているなと思っただけです。」
別に、何でもないと答えればよかったのだが、嫌味を言いたくなってしまった。自己満足でしかない答えに、望はさらに不思議に思うのだった。
まもなくして大人の人が入ってくる。50代くらいだろうか。男の人である。どうやら担任の先生。寝癖だろうか、朝起きてそのままのような状態の頭の彼は細身で、いかにも低血圧といった感じがする。瑛瑠の思う統率力のある先生のイメージとは、かけ離れているといっても過言ではなかった。少なからず、このような人を王宮の中では見たことがなかった。
教卓の前に立つ先生。
「おはよう。今年一年このクラスの担任をやる鏑木(かぶらぎ)だ。
今日の日程は事前に紙で見ていると思うが、始業式のみ。昼には完全下校。」
なかなかの単刀直入タイプであった。たしかに、事前に予定は知らされていた。もちろん、チャールズ経由ではあるが。
「今日は時間がないから、クラス内での自己紹介や委員等の決め事は明日。
これから職員会議だから、静かに教室にいること。勉強でもしとけ。」
気だるそうに言う先生を、瑛瑠はまじまじと見つめる。
先生はそのまま教室をあとにした。
あんな先生、あんな大人は初めて見た。
クラスで話し声が聞こえる。
「ねえねえ、鏑木先生だったね!超嬉しい!」
「ほんとほんと!嫌な先生だったら1年間おしまいだもん。」
生徒間の人気は高いようだ。
今話している子達は中等部からの付き合いなのだろうと思いつつ、やはり彼の人柄は疑問だった。
「瑛瑠さんは高等部からの人?」
振り返るのは望だ。
「そうですよ。長谷川さんは?」
「ぼくもだよ。鏑木先生ってどんな人なんだろうね。」
話についていけない組発見。静かにとは言われているが、あくまで静かにだから、許容範囲だろう。それぞれやっていることはまちまちだ。