汚れたスニーカー
軽めのリュックサックと一緒に
僕は旅立つ
最期にシュークリーム、食べたかったな
もう、無理だけど
さぁ、行こうか
お別れの時間だ
さようなら、世界
さようなら、シュークリーム
今まで、ありがとね
「…そうかい? でもこの歳になっても魔法使いとして生きられるなんてすごいと思うよ? だって…」
「…ほとんどの魔法使いは、大人になる前に死んでしまうから」
大賢者が先に言う前に私が答えると、…そうね、と少し悲しげに答えた。
「みんな、幸せになるために魔法使いになったのに、みんな、悲劇の死を遂げてしまう…」
大賢者は悲しそうにうつむいた。
「そんな風に悲しむのなら、魔法使いなんて生み出さなきゃいいのに」
どうして生み出し続けるのよ、と私は言った。
それを聞いた大賢者は、私の目を見つめながら答えた。
「…だって、この世で魔法を使えるのが、わたし1人だけじゃ寂しいじゃないか…」
もちろん、魔法を持たないキミ達に魔法を与えて、どんなことをするのか眺めて楽しむってのもあるけど、と彼女は付け足す。
「…わがままね」
私は少しだけため息をついた。
「…でも、どんな願いもわがままと変わらないじゃないか」
「私のはちょっと違うと思いますけど」
大賢者のツッコミに、わたしはさらっと反論した。
「…オカルトなんて、基本信じてなかったから。だからあの時は、適当に『空を飛びたい』と願ったのよ」
私は彼女から目をそらしながら呟いた。
「…まぁ、いいわ」
そう言って、大賢者はふわりと飛翔した。
「わたしはこれからも、誰かのわがままを、自分のわがままを、叶えるために世界を巡るわ」
あなたも頑張るのよ、そう笑って、大賢者は夜空へと消えていった。
「…」
とん、と地面に着地し、元の姿に戻った私は、さっきまでバケモノがいた方を向いた。
凶刃、いや凶爪に敗れたバケモノは、すでにチリとなって消えていた。
やっと帰れる、そう思って元来た方へ戻ろうとすると、どこからか、乾いた拍手が聞こえた。
音がする方を向くと、電柱の上に見知った顔がたたずんでいた。
「お見事」
金髪に青いエプロン、白い帽子と白い日傘。
どこかおかしいような、おかしくないような恰好をした人物は、数メートルある電柱のてっぺんから、軽やかに飛び降りた。
「…やはり、キミは戦闘のセンスがあるねぇ」
いっそ警官や自衛官にでもなれば?と女は笑う。
「…大賢者」
私はぽつりと呟いた。
「いやぁ、元気そうで何よりだ…”前埜アキ”」
大賢者は笑顔で私に歩み寄ってくる。
「さすが、わたしの自慢の魔法使いだ」
「自慢することないと思うんですけど」
私はいつものように彼女の言葉を流した。
「…自慢することないって、キミ、自分がいくつなのか分かってる? にじゅぅ…」
「それ以上はやめてください」
私はきっぱりと大賢者の言葉を遮った。
さすがに、この歳になると年齢が気になってくる。
大賢者はつまらなさそうな顔をした。
すっかり日も暮れた駅前、バスロータリーにしろ駅の構内にしろ、どこもサラリーマンやOLでごった返していた。
騒がしい人混みを尻目に、私は駅の入り口へとまっすぐ向かっていた、が。
「…」
背後から気配を感じる。
振り向くと、自分の後方約20メートルのところに、まるで油絵の具を塗り重ねたような、としか形容しようがない”何か”がいた。
見るからに高さは2メートルほどあってかなり目立つが、道行く人々の目には見えていないように見えた。
…面倒な。
私は心の中でそう呟くと、人気のない路地裏へと足早に向かった。
そして、路地の奥の方まで入ったところで、私は手提げ鞄の中から革製のマントのようなマジックアイテムを取り出し、勢いよく羽織った。
マントを羽織ると、いつも着ているスーツはオレンジ色のワンピースに変わり、頭には魔女が被っているような帽子が現れた。
そして手には、巨大なかぎ爪のついたグローブ。
「…いるわね」
ちら、とさっき来た方を見やると、そこにはさっき駅前でみたバケモノがたたずんでいた。
少しの間それを見つめたのち、私は路地の奥へと走り出した。
もちろんバケモノも、見た目に見合わぬスピードで私を追いかけだした。
「…フッ!」
10メートルほど走ったところで、私はコンクリの地面を蹴り上げ、文字通り飛翔した。
そのまま猛禽のように加速し、時々進行方向を曲げながら徐々にバケモノとの距離を離していく。
「!"#$%&'()=~|~{}*?_>+*`{|~=!!」
バケモノもバケモノで、意味の分からない喚き声をあげながら、私に追い付こうと飛行、加速していく。
「…面倒な奴」
ちょっとだけ舌打ちしたのち、私は丁度目の前に迫ったビルの外壁ギリギリのところで減速した。
そして思いっきり壁を蹴っ飛ばして方向転換すると、そのまま両手のかぎ爪でバケモノに斬りかかった。
「!!」
突然自分に向かってきた魔法使いに思わずひるんだバケモノは、為す術もなくわたしのかぎ爪に斬り裂かれた。