最終電車のキスの味
首すじをするり白魚の群れ
もやがかった町はロンドンの夜景
気の早いイルミネーション
そりゃあんたの目が滲んどるのよ
白線を落ちないように歩く
途切れた交差点
わたしはどうする
ララララバイ
路上のアルペジオが泣かしにくる
ララララバイ
合鍵じゃ開かない扉の向こう
朝日にゃまだまだかかります
夜の帳を切り裂いてジャック
並のブランケットじゃ足りない温もりを
シオンは一冊の本を取り出し、頁をぱらぱらとめくっていく。本は途中まで文字がびっしりと並んでいたが、ある頁から本文だけが抜け落ちたように何も書かれていない。その文字と空白の境目の頁を見つけ出し、そこに手を置く。頁の端がはたはたと音を立てている。
目を閉じ、深く深呼吸をする。吸い込んだ空気から霧の湿っぽい匂いをしっかりと感じ取って、自分が霧の中に存在していることを確認する。耳には相変わらず風切り音が鳴り響き、シャットアウトした視覚からは何の情報もなく、代わりに本に触れている手に感覚を集中させる。本の形や大きさなどを確認していき、それを記憶していく。
記憶した本を暗闇の中に描き出す。そしてそこを中心として自分自身と車の座席を描き、風切り音と霧の粒子を描き、シートベルトと後部ドアを描き、衣擦れと呼吸音を描き、大賢者と食べかけのクッキーとイツキを描き、ハンドルとタイヤを描き、バックミラーとエンジンを描き、それから空気の移動と冷たさを描き、冷えた金属と怖気を描き、その奥に眠る赤い眼光と鎧を描き、それの3万1946体の違いを描き、波と空気の狭間を描き、軋むような海底の響きを描き、そうして霧とそれ以外の狭間を描く。見えるものはすべて記憶して、霧に隠れているところは想像のもとに。そして今度はそれをじっくりと観察し強度を高めていく。
さながら現実世界を忠実に再現した模型を作るかのように、あるいは物語の背景を組み立てるかのように。
再現と記憶を同時並行しなければいけないため、頭はオーバーヒートでどろどろに溶けてしまいそうだった。一本の細い線を手繰り寄せるように地道な作業を続けていく。ファントムが整列してくれていて助かったと思う。ばらばらに配置されていたら多分、完全に再現することは不可能だった。ファントムは同じ顔、同じ体躯で、まだまだ動き出していない。どうだろう、それも秒読みな気がしていた。
完成に要した時間はわずか数十秒だが、シオンにとっては何時間も経っているような気がした。こんなに集中するのも久しぶりだが、ここまで来てしまえばあとはもう簡単だ。
現実と相違ない世界を自らの頭の中で完全に再現し終えたシオンは、いよいよ魔法を発動させる。
「大賢者様。私の準備は整いました」
長らく瞑想していたシオンが準備完了と伝えてくる。大賢者はそれによぅしと応えると、手元に保留してあった小さな魔法陣を投下した。一つ目の魔法陣の時と同じく小さな魔法陣は大きな魔法陣の一部に収まり、かちりと解錠音が鳴る。
一つ目の魔法陣の時は強烈な光とともに変化が現れたが、今回は実に静かなものだった。魔法陣を構成していた青い光はそのまま霧散して海に溶け落ち、しばらくすると海から湧き出るように真っ白な煙――霧が湧出し始める。はじめは地面を這うようだった霧は瞬く間に海面を覆い、同時に体積を増やして拡散しあっという間に空を埋め尽くした。車から見える景色も真っ白に覆われ、海上に並ぶファントムの姿も手前数体の姿しか見えなくなる。
太陽光も遮ってわずかに薄暗くなった世界を見て、イツキは驚嘆の声を上げた。
「うおっ、すげ……」
「おっとここで驚いてもらっては困るよイツキ君。まだまだ序の口さ」
一つの魔法陣でファントムが展開していた全域丸ごと霧で覆って見せた大賢者は、もうやることがなくなったというように深く背もたれに背を預けた。そのまま精神力補充用のクッキーを食べ始める。
「……ってあれ、大賢者が何かするんじゃないの?」
「おいおい、シオンを何のために連れてきたのか分からないのかい?」
「イツキさん、ドア開けますね。一応注意してください」
「えぁ?」
後部ドアを開けると湿気た空気が入り込み、車の空気は一気に入れ替わる。シオンはシートベルトを外すと開けたドアに足を向けて座った。少し身を屈めば海を見下ろすことができるような体勢で、イツキが危ないだなんだと喚いているが都合よく無視することにする。とはいえ風を切る音が足元をしきりに通り過ぎていくのは普通に恐怖であり、なるべく下の方を意識しないようにしなければならない。
そろそろだよ、シオン。
誰かに呼ばれた気がして目を開けると、バックミラー越しに大賢者が視線を寄こしていた。
魔法陣の青い光で相対的に車内が暗くなったように感じられ、大賢者の目が二つ光を浮かべている。準備はいいかい? と今度ははっきりと脳内に響き渡った。念話の魔法だ。呼んだのはどうやら本当だったようで、見つめ返すシオンに大賢者はパチッとウィンクを送った。
そろそろ。
言葉通り、魔法陣は静かに揺らぎ解き放たれるのを待つばかり。強力な魔法陣ほど細かく、精緻な紋様を作り出すというが、大賢者のそれは今まで見たことがないほど美しく繊細で、これの目の前では世界中のどんな素晴らしい装飾品も霞んでしまいそうなほどだった。
(さて、と)
さっきまで思い出していたのは自らの過去。とても美しいなどと言えず碌な記憶もない空っぽな昔話。あれから辛いことは全部全部忘れようと、魔法で黒く暗く全て全て塗りつぶして掻き消した。あの魔法は何でもできてしまうけど、そこが欠点だった。暗闇の中で母や大賢者とともに過ごしたわずかな時間だけが残光のように輝いていて、思い出すたびに目を細めてしまいたくなった。
(魔法は……確かに私が一番辛かった時に逃げる場所を与えてくれたけど)
母も大賢者もいなくなったときに魔法の存在が心を支えてくれたけれど、自分はそれに依存しすぎていた。辛いことを見ないようにするのだって首が疲れるのだ。
(でももうこれで終わり。100年間も頼っちゃったけど、もう大丈夫)
だって愛する人も目の前に戻ってきたのだから、と大賢者の後ろ姿に微笑みかける。
シオンはこれ以降は当分魔法を使うことはないだろうなと予感する。
***
お久しぶりです。とても長い時間掛かってしまいました。
単純にどう終わらせるか悩んでいました。そしてまだ決まってません。……頑張ります。
前回レスしてくれた方、スタンプくれた方、遅くなりましたがありがとうございました。
1年
12ヶ月
52週
365日
8760時間
525600分
31536000秒
数字にしてみると
あっけない
今年もあと2ヶ月
あなたにとって
短かった?
長かった?
つらかった?
楽しかった?
今日はちょっと、学校で嫌なことがあった
それでも、僕は生きている
生きていると悪いことが起こる
でも、時々良いことも起こる
不運と幸運が交互に来るなら
きっと、今晩は何か良いことが起こるはずだ
ほんの小さな幸せかもしれないけど。
ほら、今日の夕飯は
僕の大好きなコロッケだ。
やっぱり、生きてて良かったなぁ
今日も
つらくて
くるしくて
いたくて
頑張った。
そんな自分を自分で否定するあなた。
あなたは偉大なんです。
わたしはあなたがいて救われます。
あなたの存在に乾杯しましょう。
あなたの存在に乾杯しましょう!
14歳の朝。
今日も良い日でありますように。
去年の今日は、まだおばあちゃんが生きていた。
おめでとう、って祝ってくれた。
たった一年。
まあ今日は明るく生きよう。
来年の今日も、良い日でありますように。
私へ。
お誕生日おめでとう。