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対怪談逃避行6

しかし、話しながら走ったせいか、脇腹が痛くなってきた。止まるわけにはいかないのに、痛みで足が鈍る。
「ちょ……まっ……待って………、脇腹が……」
「む、なら少し休もうか。十分距離も開いただろうからね」
「ありがとう、ございます……」
脇腹を押さえてへたり込む。深呼吸しながらマッサージをするが、まだ痛みは引かない。
「だいぶ冷めてるけど、マックスコーヒー飲むかい?糖分とカフェインが同時に摂れるよ」
蓮華戸さん(仮)が、コートのポケットから缶を引っ張り出し、差し出してきた。受け取るだけ受け取って、とりあえず放置しておく。
「……『奴』は、またあの辺でキョロキョロしてるんですかね……」
「それなら良いんだけどね……」
蓮華戸さん(仮)は、今来た方を睨みながら、半ば上の空で返す。さり気なく双眼鏡がスリ取られてるけど、責める気もしない。
「どういうことですか?」
「君は、三度同じ方法で『奴』から逃げた。これ以上、騙されっ放しでいると思うかい?僕はそう思い込み切れない。『奴』がただのプログラムから、自律行動する完成品になるかもしれない。そして、多くの怪異は、標的との間にできた『縁』を、決して見逃さない」
蓮華戸さん(仮)が双眼鏡で、さっき居た方を見る。不思議なことに、首を回してさっきの場所以外の場所を見ている。
「………しまったな、『奴』が完成したぞ。僕達を、いや、正確には君を追ってきてる。嗅覚で指名手配犯を追い詰める警察犬のように、道に残った『縁』を辿って。あ、目が合った。これで僕も標的だ。……さあ、もう休んでいられない。走るよ」
「は、はい……!」
だいぶ楽になってきた。これなら走れる。蓮華戸さん(仮)を見失わないように、急いで立ち上がり、私も走り出す。

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つき (3) (Side 真月)

どうやら彼奴…龍樹は俺が入り込んだ事に気付いた様だ。
あ〜あ、もうちょっとだけ気付かれなければ上手く行ったのにな。
小豆を救う事が。
小豆は俺の猫だ。ちゃんと愛していたつもりなのに、つい最近身体の不調が目立つ様になった。
獣医に見せるも、時すでに遅し。
"この子の寿命は…5ヶ月持ったらラッキーだと思ってください。動物は強くありたいが為に自分の体の不調を自分から訴えないから初期発見は難しく、貴方のせいではないです"
嘘だ。
俺が悪い。
俺が…鈍感だから。
俺のせい。
駄目だ…
現実に苛まれながら寝たその日に、俺は不思議な夢を見た。

ねぇ、
あずちゃんだよ。小豆。
ねぇ、私ね、死んじゃうのはしょうがないと思うんだ。
だからね、最期に私の願いを聞いて欲しいな。
あず、好きな子が居るの。
近所の龍樹さんって人の猫で、ゆつきくん。
5年前に散歩してて出逢ったの。
うち、最期にゆつきくんに気持ち伝えてから逝きたい。真月にぃなら会わせてくれるよね?強いもん。

…目覚める。
起き上がると、足腰も弱くなって階段すらも登れない筈の小豆がベッドに上がってきていた。

まさか、ね

でも…

俺は計画を練り始めた。
龍樹の記憶を断片的に失くして行けるなら、ちょっとだけ"ゆづきくん"とやらを借りて来よう。
手始めに俺の龍樹の共通点…龍樹の元彼女と俺の彼女が同一人物なことを利用する。
いわば実験の様なものだ。
そして俺の勤務先が病院である事も。
彼女に仕掛け人を頼めば事故が起きる確率を増やせる。経過観察にも丁度良い。
その他にも、色々と。
俺の特殊能力をありがたいと思ったのもこれが初めてだ。
僅かながら理性は叫んだが、小豆は長く生きられないという事実が俺を駆り立てた。

《お詫び》
つき (2)でタグに『長編小説』いれるの忘れてました。すみません。

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ある日私たちは。No.2

「何言ってるの⁉私たちで行けるわけないじゃん」
「だって美咲ちゃんが行き先決めてって言うから…。私、本気だよ」
私は考える。本気とは何か。0,11秒で答えが出た。
「あんたそれ本気っていうんじゃないよ。本気っていうのは何から何まで全部決めて、冗談抜きの気持ち」
「じゃあ、行き先は東京。手段は新幹線。時間は今から。帰ってくるのは今日の夜。で、どう?」
おい。おい。そんな真剣に返してくるんじゃないよ。
「帰ってくるの今日なの?日帰り?じゃあ休みの日とかでもいいんじゃないの?」
「いやぁ。学校面倒くさいなぁって思って」
そんな理由…。
「そうか。ほんじゃ分かった。ジャンケンをしよう。それで私が勝ったら今日は行かない。君が勝ったら行く前提で考えよう。それで良い?」
「うん。分かった。私が勝てばいいんだね。そんなの楽勝」
私も勝ってやる。
『最初はグー、ジャンケンぽん!』
遥はグー。私はチョキ。…負けた。
「やったあ!!東京行ける!」
いつもの遥に戻った。
「まだ行くって決まったわけじゃないからね。行く"前提で”って言いましたからね」
「え~。でも行く可能性の方が高いってことでしょ?それなら行くってことだよ!」
どうしよう。彼女はもうその気になってはしゃいでいる。幼稚園児みたいに。