・私
中学生。霊体の観測者。霊体を見るためには体力を使うが、自分で能力を抑えることはできない。観測すると息切れ動悸が多少激しくなる。
・小木
私の中学校の国語科教員。世界の境界線の支配者。世界の中継地点をつくりだす度に人間性が欠如する。知識が感情の役割を果たしており、基本的に温厚なので普通に生きている。
・子供
亡霊。どこの世界でも10回死刑にしても足りない位の犯罪者。可哀想な子供。
人間だ。膝を抱えて座る子供だ。髪が長く俯いていて顔が分からないが、鮮やかな赤い服を着ていて、中学生というには小柄だった。PTA会員の子供かと思いながら眺めていると、子供がゆっくり顔を上げてこちらを向いた。
「あ……たァ……ァ……」
子供が掠れた声を上げた。
「泣いてる……?」
私は子供に声を掛けた。すると、子供はこちらに向かって走り出した。助けを求めるように手を伸ばして———。
「あぁあああぁぁぁあぁぁ」
私は唖然として動けなかった。
子供は泣いていた。目口を目一杯に開いて、
耳をつんざくような絶叫を挙げた。
何かを恐れて、助けを求めるようだった。
この子供は誰だ?何故泣いている?何を恐れている?ここまで来たら?
妙に冷静になって、頭の中にそんな疑問と不安が浮かんだ。しかし不安は杞憂に終わり、子供はない扉にぶつかって倒れた。扉は開いていたのだから、何かにぶつかる筈はないのだが、ない扉に触れた部分の肌は赤く爛れて倒れるときに少し水っぽい音がした。それでも子供は泣き叫びながらこちらに手を伸ばす。
その姿に圧倒されて動けずにいると、後ろで声がした。
件の小木だった。
「通っては駄目と言ったでしょ」
「え、あ、はいどうしても気になって」
「あれはね、ここに居ついちゃったんだよね」
「へえ。あの子は誰ですか」
「あの子……あれはやっぱり子供なんだね」
「……?」
「私には見えないんだよね。地点の衝突反応しか見て取れない」
「異能ですか」
「そう。君は、霊体か何かの観測者かな。可哀想に」
「先生は」「私はね、世界の中継地点に干渉できる。地点はつくったら作りっぱなしだし、見えないから大丈夫だけど。君は大変なものを見たね……」
「……あの子は何をしましたか」
「気にしないでいいよ。あれのこと、誰にも言わないでね」
「分かりました」
「じゃ、帰ろうか。下校時刻間に合わないと部活動停止になるよ」
「分かりました」
それで小木は何事もなかったかのように私を昇降口まで送り届けた。
あの子供が何者だったかは今も知らない。知る気もない。
終
「え、○○知らないの?」
通学途中、耳に飛び込んできた言葉に嫌な予感がした。
「やば!え、ホントに知らないの?○○だよ?」
「うん…誰?」
「やばぁー!○○知らないとかやばいよ?」
ほらやっぱり。
その子たちが話題にしていた人は確かに、とても有名な芸能人だった。
この手の会話は、小学校時代に時々遭遇していた記憶がある。
私は、この会話がとても苦手だ。あるものを自分が知らないだけで、自分がまるで異常者のように扱われる、理不尽すぎる会話だからである。
“普通”
そこからずれた人は“異常”。
果たしてそうなのだろうか。
私は、“普通”は人の数だけ存在すると思う。だから、一人だけの“普通”で全てをはからないほうがいいのではないだろうか。
冒頭の会話が私に向けられたら、笑顔でこう返すだけで精一杯だろう。
「あなたからしたら、やばいよね」