「…」
わたしはつい黙りこくってしまったが、ネロのおいという声で我に返る。
「アイツ誰?」
怪訝そうに尋ねるネロに、わたしはあ、えーと…と答える。
「何か、さっき話しかけてきた子なんだけど」
わたしの言葉にふーんとネロは答えると、ま、行こうとネロは元来た方へ歩き出す。
耀平達もネロに続く。
わたしは、何だったんだろう、あの子と思いながら彼らの後を追った。
不思議な少女に出会ってから暫く。
わたし達はいつものように商店街の裏路地を歩いていた。
目的地は普段と変わらずあの駄菓子屋だ。
ネロ達はいつも通り他愛もない会話を繰り広げているが、わたしだけは少し違った。
さっき出会ったあの少女…穂積の事が頭から離れないのだ。
鼻歌を歌いながらガラスペンを空中に走らせていた少女は、ヘドロのエベルソルが弱々しく蠢いているのに気付き、一度手を止めて接敵した。
「おかしーなぁ……3回くらい殺さなかった? ほれ、聞いてるなら頷け?」
エベルソルがのろのろと伸ばしてきた千切れた腕を踏みつけ、首の部分を捕まえて作業に戻る。
「何描いてるか、気になる? お前にとどめを刺すものだよー。どうやって死にたい? 私のお勧めは八つ裂きとかなんだけどねぇ……。こんな住宅街のど真ん中でやったら迷惑じゃない? だから、埋葬する方向でいこうと思うんだけど……どう?」
当然、エベルソルは何の反応も返さない。
「なーんーかーいーえーよー」
エベルソルの首をぐいぐいと絞めつけながら、少女は楽しそうに描き進めていく。
「……あぁー。何にも言わないから、もう完成しちゃった」
それは、直線のみで構成された巨大な手のような立体。その手が道路を舗装するアスファルトに指を食い込ませ、ぐいと引き上げる。舗装はそれにしたがって剥がれるように持ち上がり地下の様子が表に現れる。本来なら土壌とガス管や水道管に満たされているはずのそこには何も無く、ただ無限に広がっているようにすら思える虚空だけがあった。
「どう? 素敵じゃない? ……素敵じゃないか。そっかそっか。……うわっ」
その時、少年の奏でるバイオリンの音色と、肉塊エベルソルが潰れる音が少女の下にも届いた。
「うえぇ……私、クラシックって苦手なんだよねぇ。特に音の高い管楽器と音の高い弦楽器。いや好きな人は好きなんだろうけどね? 私はもうちょっと重低音な方が安心できるなぁ……あの子もチェロとか弾けばいいのに。良いじゃんゴーシュスタイル。……おっと、いつまでも放っておいて悪かったね」
手の中でぐったりとしているエベルソルの頭部に声を掛け、虚空の方へ引きずっていく。
「それじゃ、ご冥福を……いや地獄行き確定だから福は無いか。思い返せばお前は久々に私をいらいらさせた良い敵だった。うーん……ああ、そうだ」
何かを閃いたように指を鳴らし、少女はエベルソルを虚空に投げ捨て、落ちていくソレに敬礼した。
「良い来世を、我がクソッたれの敵! 次会う時は仲良くしよう!」
エベルソルが見えなくなるまで見送り、少女は巨大な手を用いて舗装を元に戻した。
「さあクソッたれの文化破壊者エベ公どもテメエらに告ぐぜィ。こっから失せるか殺り合って死ぬか俺らを殺して先に進むか。許されたのは三つに一つ、推奨するのは1番一択。アホほど妨害させてもらうが、イラっと来るのは御愛嬌。お相手を務めましたるはァ?」
少年は口上を述べながら、正方形と直線が絡み合ったような魔法陣をすらすらと描き上げていく。隣の少女も無言で軸のズレた円形が重なり合った魔法陣を完成させる。
ほぼ同時に2人の魔法陣が完成し、強く光を放つ。それはすぐに止み、2人の“リプリゼントル”がその場に立っていた。
「【煽動者】タマモノマエ、ェアァァアアアンッ!」
パーカとカーゴパンツという出で立ちの少年。
「【演出家】フヴェズルング」
ノンスリーブのセーラー服姿の少女。
「悪いがココで、俺らと遊んでもらうぜ」
「演奏会が終わるまで、ここから先には通さないよ」
2人の口上が終わるのとほぼ同時に、エベルソル達の勢いが増す。しかし、それは少年タマモノマエが後ろ手で用意していた光弾の弾幕に押し戻される。
「せっかく頭数持ってきたのはご苦労。きっと裏とかも攻めてるんだろ? まあそっちは俺らの数倍強ェ奴らが控えてるからなー……『通れねェ』じゃ済まないンだろーなァ、諦めて俺ら殺しに来た方がきっと得だぜ破壊者共」
一定のペースで撃たれ続ける光弾に、エベルソルはひとまずの標的をタマモノマエに変更した。その瞬間、ソレらの横から別の光弾が直撃する。
「うっわぁ……ロキお前、今のは大分ずるいなァ……」
「それが私達のやり方じゃないの、タマモ?」
フヴェズルング、ロキはきょとんとした顔で問い返す。
「……それもそうか。じゃあもうチョイ上げてくかァ」
タマモノマエ、タマモは残忍な笑みを浮かべ、エベルソルらに向き直った。
良い匂い。私はこの香水が好きだ
冬も夏も秋も春も・・・そしてこれからもずっと