「あっ」
体表に僅かに残っていた機械装甲も地面に落ち、黒色の醜い全体像が露わになる。
肩から4本に枝分かれした中央の腕は人骨のそれのような構造、その周囲を囲むように昆虫の肢のようなもの、皮膜の無い蝙蝠の前足のようなもの、更に枝分かれする頭足類の触腕のようなものが生えている。
「うぅんこれは……良くない。人に見られたら怖がられちゃうな。さっさと終わらせなくちゃ」
再び突進してくる幻影を、蝙蝠型の腕で受け止める。先端の4本の鉤爪が幻影自身の勢いもあって深々と突き刺さり、幻影は痛みに苦しむように大きく身体を反らせ震えた。
「そいっ」
射撃を合わせ、爆発で更に態勢を崩し、ひっくり返す。
「……ほらほら、駄目だよ、君。『公共の場』で暴れるのはいけないことなんだから」
鈴蘭の言葉に、幻影は水まんじゅうのような身体を小刻みに震わせる。
「だから駄目なんだって。こら、だーめ。そんなに暴れたいなら、まずは人のいない所に行かなくちゃなんだよ」
グレネードランチャーの銃口で幻影をつつきながら、鈴蘭が説教を続けていると、彼女らのいる場所をバスが通過していった。
「………………ほら。ここはバスが通るんだから、びっくりされちゃうよ」
触腕を絡め、昆虫腕と蝙蝠腕を突き刺し、骨腕で表面を掴んで幻影を引きずり歩き始める。
「まずはここからいなくなろうね。マナーってものがあるんだから」
ガタンゴトン、ガタンゴトン...
列車の音は聞くだけで少しわくわくする。
幼い自分にとって、この音は、
「冒険」
を意味していた。
今でも少しわくわくする。
この音は、幼い日の自分の
「冒険の心音」
だったのだ、と、今でも思う。
多分この先も、列車が存在してくれる限り、
僕の冒険は終わらない。
冒険の途中で出会った少女は、この話を聞いて、
そうかもね、
と、山吹色のリボンを揺らした。
頭が痛い。
身体がとんでもなく重たい。
傷は右腰と左肩。
左肩は脇差が刺さったままなのが唯一の救いだ。
しかし、右足、左腕はもう使い物にならない。
ああ、このままここで死ぬのか。
「お主、ここで何をしていんすか。」
不意に、誰かが顔を覗き込んだ。
化粧をした女の顔をみたところで、ぷつりと意識が途切れた。
(...生きてる...?)
次に目覚めたのは、見慣れない座敷だった。
「おや、起きたでありんすか。」
耳慣れない言葉に振り向くと、隣には遊女が煙管を片手に座っていた。
「誰...?」
「わっちは縁野紅(えんのくれ)。昨夜、ここの廓の辺りで倒れていたお主を、わっちが拾いんした。」
どうやら、刺されて彷徨っていたら、花街の辺りまできてしまったらしい。
「...助けてくれてありがとう。でも、もう行かなきゃ。」
「どこへ?」
眉を釣り上げ、若干食い気味に聞いてくる遊女こと紅さん。
「お義父さんのところ...」
と言ってから、少し紅さんを見る。
紅さんは一瞬目を細め、ゆっくりと告げた。
「あの男なら、もういんせん。」
「!...死んだの...?」
「さぁ。生きていても、恐らく当分、花街の辺りにはきんせん。」
そして、紅さんは続けた。
「何故、そんなに帰ろうとしんすか。」
リリアーナは、輝かしい。
太陽のように明るくて。誰よりも飄々として。死地にだって平気で乗り込んで。
皆の、憧れ。
_私だって、リリアーナが好き。
だからやめられない。
皆を騙していることが嫌だけど、『リリアーナ』という人格を捨てられない。
『リリィ』と『リリアーナ』の差に、吐いてしまうくらい悩むのに、それでも捨てられない。
きっと、『リリアーナ』が好きだからというだけじゃないんだろうけど。
でも、『リリアーナ』だけじゃなくて『リリィ』のことも見てほしい。
「本当の自分でいて良い」だなんて、知ったような口を聞かないでほしい。
_私はとても、面倒くさい。