誰も傷つかなければいい。 誰も誰にも傷つけられなければいい。 誰も誰にも何も奪われなければいい。 だけど、彼らはいつでもどこでも現れるから、願うだけで終わらせられない。 抗するための闘いは、きっとずっと続くんだ。 願いと祈りを行動に繋げて。 さようなら、R。さようなら、F。 僕ら自由に共に生きていく。 (初は延期。ずっとずっと延期になればいいけど、そういう訳にもいかなさそう。)
明日は年に一度のお祭りの日。 見えない空気に隠された、多様性を確認する日。 私は私だと表現する日。 男装も女装も捨てて、男らしさも女らしさも置いていく。 私らしさを身につけて、明日は明るく街に出よう。 (リュックに、虹色や私のセクシュアリティのシンボルをつけてます。周りの人は知らないから、日常ではただの缶バッジ。明日はそれらに意味が宿る日。)
あざらしにはなりません。 罵声を受ける覚悟はありません。 逃げ出さずにいられる自信はありません。 遠くから見るだけかもしれません。 だけど、それでも、一歩を踏み出したいのです。 初めの初めの第一歩。 弱い勇気を振り絞って、私は憎悪に抗します。
びっくりマークをつけるほど、力強くは言えない。 でも、きっとそうだと信じてる。 馬鹿でもいいよ。僕は馬鹿なんだ。 信じなければ始まらない。 信じなければ生きていけない。
あなたたちが無視しても、私の言葉を奪っても、受け入れなくても、否定しても、認識さえしなくても。 私は存在しています。 私は今、ここにいます。 私は私を生きています。 どうぞ否定してください。罵倒して、排除してください。 ただ少し願うのは、私の言葉を奪わないで。存在を消さないで。 「私は今ここにいる」 言葉にしなければ自分でもわからない。 そんな悲しいことはない。 (現実がね、しんどくて)
「おとこ・おんな」から逃げた先。 「える、じー、びー、てぃー」 呟いて、ひとり、宇宙に落とされる。 私はどちらにもなりません。 しかし。私はどれでもありません。 少数を表す言葉が、つまり、多様性を表す言葉。ではないということを、どうか知って使ってください。
右も左も女と男。前も後ろも男か女。 そうか、私は人間じゃないんだ。
長い時間の流れを僕は存在している。 生きて生まれた言葉もまた、流れの中に存在する。 それを区切られることの違和感を、彼らは感じないのかしら。
名も形もない「いちおくにん」に私を束ねないでください。 私は活躍なんてしないわ。 しんどいときは休みます。 力あるときは誰かを支える人になりたい。 (こういうのばかり書いてすみません。意図ではなく、自然に思うことを言葉にしてます。不愉快ならやめます)
私は私の命を生きています。 私は私の人生を生きています。 私は一人の人間です。 お国のためには生きません。 お国のためには働きません。 お国のためには産みません。 お国のためには死にません。 だめならどうか追い出して。 (まさか、こんな言葉を吐かざるを得ないなんて)