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シューアイス『牧田の場合』

「ざまあみろ、だ。」牧田は薄暗い校舎裏、雑草の茂る中でそっと呟く。手の中の小さな液晶画面に、杉田が加藤の顔面を思い切り叩きのめす様子がぼうっと写し出されている。じめじめとした空気を吐いては吸い、牧田はコマ送りのように流れる映像を表情もなく眺めていた。汗がどこからとなく湧き出てきて、湿った制服を夕方の生暖かい風が撫でる。牧田は神崎のことを思う。腰の辺りまで伸びた黒髪を思い描く。その髪が短かった頃、牧田は確かに神崎のことが好きだった。顔を真っ赤にして手を繋ぎ、一緒に下校したり、したこともあった。喉がカラカラに乾いて仕方なかった。牧田はポケットからシューアイスを取り出し、一口食べる。少し溶けたバニラアイスが牧田の喉を潤してくれる。冷たかったシューアイスが溶ける様に、牧田の恋は無くなっていった。短くて、幸せな時間だった。雨の多い6月が終わる頃、珍しく晴れて気持ちの良い昼下がりに、神崎は牧田と別れた。2ヶ月前から加藤と付き合い始めたらしい。怖くて中々別れ話が出来なかったんだって、ふざけんな、クソ○ッチ。杉田が繰り出す拳の一発一発が、あまりにも生々しく、まるで本当に自分の手が痛むようだった。やれ、やっちまえ。叩きのめせ。牧田は左手をぎゅっと握り締め、誰にともなく祈った。

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ハープ

 傷心を癒しに、海に行った。浜辺で、人魚がハープを弾いていた。
「お上手ですね」
 人魚はハープを弾くのをやめ、やや警戒する感じで僕を見上げた。
「あ、どうぞ続けてください。僕もギター弾いたりするんですよ」
「いえ、もう飽きたので。……あの、この辺にビジネスホテルかなんかありますか?」
「ご旅行で」
「家を追い出されたんです」
「はあ。なんでまた」
「わたしは人魚国の王女なのです」
「それはそれは」
「父である国王が、国王であることに疲れ、これからは民主主義で行こうと考えて、選挙をしようと言い始めまして」
「ほうほう」
「わたしはそういうの嫌なので、反対したら出て行けと」
「民主主義、いいじゃないですか。選挙。大いに賛成だなあ僕は。選挙権を得てから投票は一度も欠かしたことないんですよ」
「……よく、わかりません。なんで選挙に行くんですか?」
「国民の権利だから」
「違うでしょ。周りのひとが行くからでしょ」
「そんなことは」
「いまの世の中いまの生活に不満でもあるの?」
「そりゃあ、ないけど」
「現状に満足しているのに選挙に行く必要あるの? 権威のあるひとの意見に流されてるだけなんじゃないの?」
「それはその……あ、海から誰か来ましたよ」
 半魚人ふうの男が海から上がると、人魚に近づき、僕をちらっと見てからなにやら耳打ちをして、海に戻った。
「誰も投票に来なかったので結局王政を維持することになったそうです。候補者も最初から乗り気じゃなかったみたい。それではさようなら」
 人魚は盛大にしぶきを上げ、たちまちかなたに消えた。浜辺にハープを残して

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シューアイス

「人生に疲れたよ」加藤はシューアイスをモゴモゴ咀嚼しながらそんなことを語る。僕は、教室の隅から、そんなことをシューアイス食べながら語るな、といきどおる。シューアイスだぞシューアイス。廃れた校舎の夕方に似つかわしくない天使の食物。神の慈悲、感涙すべき僥倖、なんと言う幸せ。夕日に照らされ赤茶けたロッカーから体操着の腐敗臭、黒板の周囲にチョークの粉末等々が漂う中で鬱屈した青春の唯一の救い、シューアイス。僕らは間違っていた。人生に疲れているのではない。シューアイスのない人生に絶望するのだ、とかの有名なニーチェでさえ言ったかも知れない、あの時代にシューアイスさえあれば。加藤は相変わらずふて腐れながらシューアイスを頬張っている。もう限界である。僕は、シューアイスの何たるかを理解しない加藤に天誅を下すべく決意した。僕は目の前の女子共を蹴散らし行く手を阻む体育会系男子共をちぎるように投げ飛ばす。加藤はおののく。シューアイスを食べる手を止めた。僕は、机の上に置かれたシューアイスに目をやり、融けないで、と心の中で祈る。僕が助けるまで、どうか。加藤は遂に立ち上がり、早速シューアイスに対してのあること無いこと罵詈雑言、誹謗中傷を繰り返す。僕は聞く耳を持たない。仇を取ると決意したのだ。見ていてくれ、このあけすけな青春に、シューアイスの花が咲く。