可哀想だろ、同情してくれよ
私はこの世界のすべてを憎んでいる。
足をやる代価にと私の声を奪っていきやがったポンコツ魔法のことも、見も知らないはずの町娘なんぞと結ばれやがったあの男のことも、
――そんな馬鹿野郎一匹片付けることができず、海の泡になることを選んでしまった私自身のことだって、恨んでいる。
とうに感覚のなくなっていた私の身体は、ハイヒールの脱げた爪先から順番に、少しまた少しと深くなっていく青色へしゅわしゅわ溶けていく。
はるか頭上の水面が月光に照らされる様をぼんやり眺めながら、脳裏を胸中を巡るのはあの男の笑顔だった。呑気に笑いやがって、全部、全部、お前のせいなんだぞ。
仕方がないから認めてやろう、私はあの男に恋をしていた。
艶やかに尾ひれを生やし、優美な歌を歌って暮らしていたあの頃から、立派な舟に乗り、大きく口を開けて笑う、あの男に恋をしていた。
しかし、すべてを捨ててまで追いかけたあのてのひらが選んだのは、こんなところで無様に最期を迎える私のことなどではなかった。
きっとあの男は今、他の女と見つめ合い、他の女と囁き合い、他の女と抱きしめ合っている。それでも私は、あの男に恋をしていた。それでも私は、あなたに、恋を、していた。
あなたのこと
大好きだったんだよ
絞り出したはずの声は声にならず、ごぽりという水音に変わって消えて行く。ほら見ろ、やっぱり私の心はあの男に届かない。
しゅわしゅわ、しゅわしゅわ。とうとう脳髄までも泡へと変わってしまったのだろうか、薄れ行く意識に促されるように目を閉じる。閉じた瞼の裏側に見えたのは、やっぱりあの男の笑顔だった。
繰り返すようだが、私はこの世界のすべてを恨んでいる。これっぽっちも私に優しくなかった、この世界のすべてを、恨んでいる。
私のような不孝者のために泣いてくれた、愛しい家族のことも、生まれて初めて歩いた地上の、柔らかな温もりのことも、思い出すだけで胸がじんわり痛むような、大事な想いと生きたあの日々のことも、
――あなたという、私の希望のことだって、恨んでいる。恨んでいるったら、恨んでいるのだ。
本当だっての、ばか。