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不安、恐怖との戦い

石巻市民の私。3.11の時は小5でした。地震が起きたのは午後2時過ぎ。寒かったけど、辺りは明るかったし周りには友達がいたから怖い気持ちもあったけど、今まで経験したこともないことだからだけどそこまで被害が多くなるなんて思わずに迎えに来てくれる親を待ってました。でも、迎えに来たのは祖母。「お母さんは?」と聞くと「連絡取れないんだ。」と。私のお母さんは海沿いの職場で働いていました。家に帰ってラジオから流れている情報を聞くと「大きな津波がきてる」という情報が。もしかしたらお母さんは生きて帰っては来ないだろうと思い毎日毎日泣いてたことを思い出しました。連絡が取れないまま3週間がすぎた頃お母さんは知り合いに送られてなんとか帰ってこられました。奇跡だと思いました。北海道の皆さんは暗闇の中で地震が起きて、何があったのか、どうなっているのか知れないまま、不安の中で朝を待っていた恐怖は計り知れません。でも、きっと奇跡はおきます。「そんな簡単なこと気安く言わないで」って思うかも知れませんが、経験した者だからこそ言えることもあります。きっと奇跡はおきます。今は不安で恐怖の時間を過ごしてるかもしれませんが、乗り越えましょう。共に。

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ほんとにやりたいこと

元々、カウンセラーになりたくて心理学を学びたくて大学進学したかった。けど、お父さんがなかなか賛成してくれなくて諦めた。そして、介護の職に就くことにした。お父さんは何があっても3年は働けっていう人。でも、進路のこととかで相談に乗ってもらってたお母さんの友達の会社の経営者の第2の父的な存在の人は「無理しなくていい。研修の時に無理だ。いやだ。やめたいって、思ったら辞めればいい。そこまで我慢してあんたがする仕事じゃない。あんたは頭の回転が早いし物覚えも早いんだから、1回仕事辞めてバイトしながらでもやりたい仕事の勉強してそしてからまた就職すればいい。重荷に感じることはないからな。」って言われた。お母さんもその人の意見に賛成してる。せっかく自分の力で勝ち取った就職先だからできる限り続けたいとは思うけど、でもカウンセラーになりたいっていう夢もまだどこかで諦めきれない自分がいる。カウンセラーの道を選んだとしたらお父さんが怖くて仕方ない。私のお父さんは言葉の暴力、たまに物に当たったり、お兄ちゃんは2回ほど暴力を振るわれている。説教が始まったら3時間越えは当たり前。延々と言葉の暴力を浴びる。それを考えたら介護の仕事を辞めたくても辞めたいと言い出せない。怖い。自分の未来がどうなっていくのか。ほんとに怖い。一刻も早く家を出たい。自由になりたい。

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