無題
私、貴方のことが好きでした。
あれは私が無邪気に溺れていられた
きっと最後の恋でした。
自分のこと、何にも知らずに
だからこそ本物の、あれは恋でした。
その切欠を今だって諳んじられるけれど
あれの何があんなに貴方を惹き付けたのか
未だに私は分からぬままです。
あれから幾度も、貴方は私に
肯定される安堵と求められる喜びを
教え続けて下さったけれど
私の何があんなに貴方を掻き立てたのか
未だに私は分からぬままです。
きっと貴方もそうではないかと思います。
私達は何にも知らなかった。
だからこその恋でした。
時を経て知識を得たら、解けてしまう恋でした。
秘密の待ち合わせ場所が改装された時、
旧校舎が取り壊された時、
私が真っ先に感じたのは安堵でした。
それを知ったら貴方は悲しまれるでしょうか。
私、一つ怖れていることがあるのです。
貴方の中でのあの日々が、
10代の苦い思い出になっているとして、
それは一向に構わないのですけれど、
そのパンドラの匣が、何かの拍子で開いて
貴方の顔を歪ませるとするなら、
私はただ、それだけが怖いのです。
だからなるべく、そこいら中にある鍵が
消え去ってしまえば良いと思うのです。
振り返りを禁じられても。
私はあの日々を忘れはしませんから。
あの日々を決して、無かったものにしませんから。
だから貴方は安心して、どうぞ捨て置いて下さい。
乗り越え忘却した先で、
心穏やかな幸せを、どうぞ手にして下さい。
長くなりました。
この辺りに致します。
先日お店にいらしたお客様に、
私の注いだアイスコーヒーを飲まれたあの方に、
見出してしまった貴方の面影が、
どうか私のノスタルジアでありますよう願いつつ。