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踏切の向こう、誰がいる

こっち来ないで!

先を歩く君は、踏切の真ん中で立ち止まる。
人気のない夏の昼下がりの踏切。二人の間に茂る木の葉の影は、空の青と同じ色をしていた。

何でだよ

何でもよ

ヤケになったように彼女は叫ぶ。

昨日もそうよ。なんの連絡もよこさずにやってきたと思ったら、自分と学校の話だけして、おしまい

それは

うるさいわね!どうせ偶然を装って私について来ようとしたんでしょうけど、私、絶対にあなた連れてかないから

そんな言い方ないだろ

そういうところが嫌いなの

突然、踏切がけたたましくなり始めた。
なぜだか、背筋がすうっと凍っていく。

いつまでも未練がましくて

二人の間に、ゆっくりとバーが落ちてくる。

たまにしか会いに来ないくせに、私の話も聞いてくれない

それでも動こうとしない彼女に、足が金縛りにあったように動けないと知ってしまったのはいつだったか。

別れたの一年も前よ?もういい加減諦めて、忘れなさいよ

相変わらず踏切がうるさい。
彼女は不意に視線をそらすと、その先には電車が迫っていた。有無を言わさぬ速度で、迫ってくる。
いつの間にか傾いていた日が、真っ赤に彼女の顔を照らす。真っ直ぐに鉄の塊を見据えるその瞳は、怒ってるんだか、泣いてんだか。

そりゃあ私だって、忘れられるのは嫌だけど

迫る鉄の塊が、無情にも彼女の命を刈り取るその刹那。

あなたは自分の、道を生きなさい

風圧で乱れる髪の隙間から、ほんのり笑って見せた。

目の前を風と爆音が通過し、うるさかった踏切が鳴り止む。
しばらくして、またゆっくりとバーが上がり始めた。

さっきまで彼女がいたはずの場所には、影も形も存在していなかった。

……忘れられるわけ、ないだろ


8月、昨日。彼女の命日。
今日。僕の自殺が、失敗した日。

2

思い出した、僕は死んだんだった。

僕はふと目を覚ました。
別に寝すぎたという感覚は無いし、目覚まし時計が鳴ったというわけでもない。
ただ、本当に自然に目が覚めた。
あまりにも自然すぎて、朝が弱い僕は不信感さえ感じてしまった。
スマートフォンのボタンを押すと、まず目に入ってきたのは破顔した彼女。
僕はそれを見た瞬間、布団を投げ捨て、タンスから服を引っ張り出す。ああ、これじゃない。こっちの組み合わせの方が良いだろうか。

やっと着替え、髪をとかして、ご飯も食べずに家を飛び出した。
ご飯なんて食べている場合じゃ無いだろう?
愛用の自転車に飛び乗り、全速力でペダルを踏む。ああ、信号待ちなんてもどかしい。
やっと彼女の家の前に着いたとき、僕は息も切れ切れだった。息を一気に吸おうとしてむせる。
心臓の音が身体中に響き渡っているみたいだ。

呼吸が落ち着いてきた僕は、彼女の家の前に立つ。そうだ、彼女に連絡をしていなかった。仕方ない。今は家の中にいるだろうか。
2階の彼女の部屋を見上げると、電気がついていない。もしかして、今はいないのか。

インターホンを押す。数秒の静寂────
あれ、しっかり押したはずなのに。
今度は力を込めてしっかり押す。
また、インターホンは鳴らない。
インターホンが壊れているのか?

ふと、もう一度彼女の部屋を見上げる。


───思い出した、僕は死んだんだった。