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SEKAI NO OWARIという存在

日記、忘れてたわけじゃないよ。
どうしても、授業が終わってから書きたかったんです。

7年ほど前、車の中でラジオを聞いていた。
それは音楽番組で、パーソナリティの方が最後の担当の
日だった。
「最後だから、私のリクエストをかけさせてください」
その言葉とともに流れたのは、眠り姫だった。

同時に、SEKAI NO OWARIという存在を知った。

とても衝撃的だった。
バンド名、歌詞、メロディー、すべてに惹かれた。
そのときは、半年後に音楽番組で再び出会うとは思っても
いなかった。

再び出会ったとき、セカオワ先生はスターライト
パレードと炎と森のカーニバルを歌った。
そこで私は確信した。

出会うべくして出会った。

そこから徐々にハマっていき、ネットで情報を調べる
ようになった。
YouTubeを漁っていると、4人が普通に会話してる音声が
見つかった。
インタビューではなさそうだし、家の会話でもない。

後に、それがセカオワLOCKS!の音源だと知る。

すぐさま調べ、ラジオを聞き始めた。
私とSOLの出会いである。
普段、ラジオは車で移動中に流す程度で、あまり集中して
聞くことはなかった。
でも、SOLは違った。
1時間がとても早く感じた。

それから時は流れ、SOLを聞き始めてもうすぐ丸5年。
今では、たくさんの生徒に名前を知ってもらえるように
なった。
逆電にも出させてもらった。
セカオワLOCKS!には出れなかったけど、1度だけ
カキコミを読んでもらえた。
本当に嬉しかった。
エターナルカステラ缶バッジは家宝です。

8年間、419回の授業、本当にお疲れ様でした。
日曜日の新しい番組も、楽しい4人の会話が聞けるのを
楽しみにしています。

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東日本大震災

9年前の今日、当時小学1年生だった私を悪夢が襲った。
いつも通り掃除をしてたら、急に大きな揺れを感じた。
教室の明かりは消え、机や照明はガタガタ音を立てる。
今まで経験したことない事態に、思考回路が停止した。

電気は付かず、水道から水も出ない。
ガスが使えず料理も出来ない家もあった。
私たちが日常どんなに身の回りのものに頼っていたかを
思い知らされた。

父は仕事で福島に行っており、1週間は帰って来なかった。
久しぶりに見れたとき、顔は髭だらけで正気を失っていた
気がする。

9年経った今も、あの日の恐怖を忘れることはない。
私は宮城に住んでいることもあり、定期的に家族で
被災地を訪れている。
先日も南三陸に行ってきたが、新しい商店街が出来た
裏には、未だに建物の骨組みのみが残っていた。

私は思う。
人々が思っているより、復興は進んでいない。
表向きでは、新たな建物が出来て、少しずつ街に人が
戻ってきて、活気に溢れているかもしれない。
しかし、それはほんの1部に過ぎないのだ。
福島には、まだ住んでいた場所に戻れていない人は
たくさんいる。
震災による風評被害も、完全になくなった訳ではない。

だからこそ、知ってほしい。
今はコロナのこともあるから強くは言えないけど、
1度でいい。
被災地を訪れて、自分のその目で確かめてほしい。
ニュースやネット、写真で見るより、それが1番みんなに
この状況を理解してもらえる方法だと思うから。

そして、支援を続けてほしい。
少しの募金でもいい。
被災地のものを買うでもいい。
訪れることもこの中に入るかもしれない。

東日本大震災は、たくさんのものを奪った。
しかし、それによって映し出された人々の優しさもある。
みんなには、そのことを決して忘れてほしくない。

2020.3.11