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cross over #4

蝉が生き延びようと懸命に鳴いている。鳥のさえずりは喜ばれるのに、なぜ蝉のあえぎ声には悪口を言われるんだろう、と首を傾げた。ジリ…目覚まし時計の労働を少しでも減らせるようにできるだけ早く止める。目覚まし時計の設定を切って目を閉じた。遠くで救急車のサイレンが鳴る。
半開きの目を擦りながら3度目の二度寝を終えた。ドアを開けようとして目の端に扇風機が映る。風量調節ができないお古の扇風機でもトタの周りの空気を変えていく。見れるチャンネルが1つあるお古のテレビで今日のニュースを確認した。タレントとアナウンサーが微妙な間を振り払おうとテンポの速いトークを繰り広げていた。CMに入ったところで今日は1回もお手洗いに行っていないことに気づいた。今日もついているであろう寝癖を隠すため帽子を被る。ミシッミシッと微かな音を立てながら階段を降りた。お手洗いに入り、ひと息ついているとついつい眠りそうになる。
蝉がほんの少しの間休息を取っていた。生ぬるい、さっきの番組と同じくらいの温度感の水が流れる。手を洗い、外に出た。銀色に近い日差しが背後から照らす。ぼーっと、強いて言えばさっきのテレビで交わされていた口論を頭に浮かべながら歩く。この街に越して来て約5ヶ月。最近は行きつけの店を作ることに必死になっている。今日は人が少ない平日だということもあり、少し遠いレストランまで出向いた。カランカランとドアがなる。
「いらっしゃいませ。」1つに結んだ髪が茶色に染まっている40近くの人が出てきた。
「え、と。1人で。」「あ、はい。空いている席へどうぞ。」
「や、うーん。」
「では、ごゆっくり。」早口でまくし立てるように言うと逃げるように去っていった。そういう気がしただけかもしれない。ただ、トタにはどうしてもそう見えてしまうような人だった。

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cross over#3

空は雲が1つもなく、どこを撮っても青しか映らないほどの快晴。自分なんか入る隙もない、などと愚痴りながら歩いている。高校生Aの黒い影が気になってーもともと猫のために通っていたあの道へ向かう。下に目を落としてゆっくり歩を進める。いつも以上に街が静かで自分の耳を引っ張ってみた。自動販売機の赤色が見えてくる。自動販売機はいつものように横にリサイクルボックスを携えて、そこにあった。人より遅い一歩がいつもの倍の速さで前に進む。一昨日と同じ景色。昨日と違う景色。車が一台、自転車が一台、過ぎていく。前にも自動販売機で飲み物を買っている人はいた。日々はいつもと同じように過ぎていく。なぜか鮮明に残る昨日のひと時を眺めながら、回れ右をした。靴屋を曲がり重いドアの前に着く。やけに大きく響くドアが閉まる音を後ろに階段を駆け上る。ナップサックを床に投げ捨てた。布団の上に転がり天井を見つめる。いつまでも心臓の動悸が止まらなかった。
「なんで、何でなんだろう。」
今まであの自動販売機の周りで人がいることに気づいても気に留めなかった。トタは何かを責めている。ふとちゃぶ台の上のラジオが目に入った。動くことにすら気が入らない。寝返りをして、電源を入れる。聴き慣れない声に感じる冷たさが今は心に沁みた。相変わらず明るく照らす陽がカーテンの隙間から差し込んでいた。

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cross over

リュックサックが湿っている。雨がしとしと降り出した。玄関に折り畳み傘を置いたままだったことを思い出した。雨が水溜まりを打ちつける音を聞きながら、地面を踏みつける。公園でサンドイッチを食べて帰ろうとスマホのマップで公園を探しながら歩いていた。あ、と、ふと足を止める。自然と足がいつもの抜け道に向かった。高校生に会うということは高校生くらいの歳のトタにとっては辛かった。ただひたすらあの自動販売機を目指す。大通りはご飯屋さんの昼メニューと夜メニューの入れ替えがあっている時間であることに加えて雨が降っているからか人がまばらだった。自動販売機の横には高校生Aの姿がない。その場所で開封されていない水のペットボトルが雨で濡れていた。トタが置いたものよりずっと多い、キャップの近くまで入っている水。服の裾でペットボトルを拭いて、リュックサックに入れる。靴屋さんを曲がると見慣れた景色が広がっていた。喉が渇いていることに気づいて、ペットボトルを開ける。ごくごくと小気味良い音を立てて、喉を通るいつもの水はいつもに増して美味しかった。
「ただいま。」おう、おかえり。と返ってくると斜め前に視線を置いたまま、帽子を深く被り直した。くせっ毛のせいで上手く帽子が浮き上がってくる。何度も繰り返しているうちに、見ていたらしくクスッと笑われた。トタもつられて口角が上がる。目のやりどころを探して外を見ると、雨が降っていたことを思い出した。

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cross over

「トタ、ガムテープとシャーペンの芯も買ってきてよ。」
後ろから聞こえる声に左手で返事をした。右手で重いガラスの扉を開ける。季節は進み、むわっと蒸し暑い空気が押し寄せてきた。空には黒い雲が広がって、今にも雨が降り出しそうだった。今から近くの100均まで向かう。ついでに夕飯の買い物も済ませるつもりだ。いつもの道ー靴屋さんを右に曲がって細い道に入る。早く大通りに出れる僕の秘密の抜け道だ。角を何回か通り過ぎ、右に曲がると大きいスーパーがそびえ立っているのが見える。この抜け道には1個しかない自動販売機。その横のリサイクルボックスの隣には猫が時々群がっていた。自分が飲むための水を買った後に、いそいそと銀のカップを取り出す。水をとくとくと注ぐと、猫は我先にと口をつける。いつもいるものだから水をあげるのが癖になっていた。1匹、2匹、3匹、4匹。…5匹?ここからはよく見えない。少し近づきながら、足のスピードを遅める。自動販売機にはいつもように陽が当たることはなく、存在感を薄めていた。自販機の横に体育座りをしているような人影がある。パーカーのフードを被って顔ははっきりと見えなかった。でも、多分あれは高校生くらいの。(だから、高校生Aとする。)え、だけど昨日はいなかったはずだ。いつも学生と会わないように時間を考えてたのに。慌ててコードが絡まったイヤホンを耳から、外す。ずっと前から使っている黒の帽子のつばをぐいっと下に引っ張った。猫が水を飲む姿をかがんで見つめる。横目で高校生Aを覗くと、目を閉じて眠っているようだった。どうしようかな、と考えているうちに猫は水を飲み終えてカップを舐め回していた。もう慣れてしまった手つきでビニール袋にカップを入れる。ペットボトルの水は半分より多いくらい残っていた。いつものようにリュックサックに入れようとした手を止め、高校生Aの足元に置いた。