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ライブの感想その1

SUPER BEAVERのみなさんこんばんは。
(父島へ向かう船の中で書いたものを送らせていただいています。)
昨年右足首を骨折してから9ヶ月、20周年記念イヤーのおかげで回復へのモチベーションが上がっています。
心から感謝しています。
長くなりますがライブの感想を綴らせていただきます。
@Zepp大阪。関西に住む社会人2年目の息子が誘ってくれました。
久々のライブでうれしさ半分、治りきらない怪我でジレンマ半分の参加でした。
当日はヘルプマークを提示したところ、なんと1階奥着席エリアへ息子とともに案内されました。
健康な息子に申し訳ないやら情けないやら様々な思いが巡りましたが、終演後「どの曲か覚えていないけれど聴いていたら『自分は好きな仕事に就いたはずなのになぜ今こんなに苦しいのだろう』と涙が溢れて止まらなくなった」という彼の言葉を聞き、人前でなかなか弱音を吐かない我が子をSPBVの音楽で解してもらえたようでとてもうれしかったです。
またこの日の東京流星群は過去イチ忘れられない景色を見られました。イントロが始まるとあちこちでダイバーさんたちがうねる波のごとく膨れ上がっていき、Aメロと同時にそのうねりが一瞬で消え去りました。星屑のような照明に映し出された1階スタンディングエリアは着席指定席の私の目線とちょうど同じ高さでまるで演出かと見間違えるほどステージとフロアが一体化して美しかったです。
さて長くなりすぎたのでそろそろペンを置かせていただきます。
続きは父島からの復路に書こうと思います。
まだしばらく暑い日が続くので皆さんどうぞ体調にお気をつけてお過ごしください。

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夏休みの思い出

かなり遅くなりましたがこの夏の忘れられない思い出を書かせていただきます。
今年の春、社会人になった息子から6月に車掌研修へ入ったと連絡がありました。
しかもマンツーマンの指導担当はリーダーと同じ名字とのことで緊張よりも親近感が先行している様子です。
そして「僕の車掌を見られるのは7月末まで」とも言われました。(え?それって見に来てってこと?まさかの職場参観⁈)と心の中で疑問に思いつつも見に行くことにしました。
我が家から3時間半かけて息子の乗務する電車に乗り込み言葉を交わせたのはほんの一瞬でした。
折り返し列車に乗務する息子を録画しながら見送っていた時は気が付かなかったのですが帰り道に動画を見返すと車掌室から「あ・り・が・と・う」と私に向かって口パクで伝えているのがわかりグッときてしまいました。
思い返してみると幼稚園の頃「大きくなったら車掌さんになりたい」と言っていたので約20年かけて夢を叶えたことになります。
ですがここまでの道のりは決して平坦ではありませんでした。
まず高校の文理選択では悩んだ挙句「じゃとりあえず理系に進めば良いじゃない」と担任の先生の鶴の一声で理系を選択。受験直前に文理融合学部に出願し一応理系で入学。1回生の冬休み前に好きな授業と出会って「文転します!」と宣言。コロナ禍で就活に苦戦し「大学院へ進ませてください!」と懇願。院進後の就活では「街づくりに携わりたい」と宣言して地方都市へ。無事就職したら「街づくり以外にもいろいろ取り組みたい」とのことでどうやら運輸関係に収まった結果の車掌です。
世間から見ればブレまくりの道のりかもしれません。
親としてはその都度ハラハラ心配しどおしでした。
でも息子なりに悩んだり迷ったりして、岐路に立った時は結果の良し悪しよりも好きなことや胸がドキドキすることを大切にして納得のいく答えを20年かけて出せたのではないか、楽しそうに車掌業務をこなす姿を見てビーバーの「秘密」の歌詞が頭をよぎりました。
社会人としてはようやく歩き出したばかりですが自分にとっては大切な自慢の息子です。こちらこそ素晴らしい体験をさせてもらってありがとうと伝えたいです。

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春からの新生活に向けて

ビーバー先生こんばんは。
先日一人息子が大学院を卒業しました。卒業式に参列した後少しセンチメンタルな気分になったので笑って子育てに一区切りつけようと渋谷さんもお好きな落語を聞きに行くことにしました。場所は京都のど真ん中、京極は「かねよ寄席」です。自分は落語初心者ですが常連さん達が温かく迎えてくれて一緒に鰻丼を食べ腹を抱えて大笑いのひとときを過ごしました。
さて翌日息子は新天地へ、私は自宅へ戻るため京都駅でお互い見送った時のことです。息子は一人暮らしを6年経験したのでもう大丈夫と思っていたら、改札で突然ポロポロと涙をこぼしはじめました。想定外のことに驚いて私まで思わず目を潤ませる始末。
それは24才の一人前の大人ではなく、まるで公園の砂場に小さく佇む2才の頃の息子を彷彿とさせました。そういえばこの子はとても繊細な子でした。
新幹線に乗ってから、何か息子へ励ましの言葉をかけてあげたくなり咄嗟にSUPER BEAVERの「ロマン」が脳裏をよぎりました。大急ぎで歌詞をLINEで息子へ送った後改めてじっくり見直したら「なんでヤナギさんはこんなにいい詞を書くのぉ〜」と今度は私のほうが大粒の涙に。見事なまでのオーバーラップです。
リーダーもヒロくんも花粉症だと話していたので、お隣のお嬢さん、どうか私のことは「相当ヒドイ花粉症なんだろうな」とそっと見守ってほしいと心の底から願ってしまいました。
やがて限界を超えた鼻水が垂れ下がってようやく我に返ったのはなんと名古屋駅を過ぎたあたりでした。
あれから数日経ちますがどんな言葉をかけてあげたら正解だったのかなとふと思います。
みなさんはご実家から独立した時どんなお気持ちでしたか?ご経験をぜひ聞かせてください。