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死神の仕事

普段から通学に使っている駅のホーム。昼過ぎの人の少ない時間帯。10分ぶりに停まった電車が発車していくのをぼんやりと見送る。それは僕にとって必要な電車では無いから。
『間もなく、電車が通過します』
携帯電話を操作するでもなく手の中で転がしているうちに、待ち望んでいたアナウンスが流れた。携帯電話をポケットにしまい、鞄を肩にかけ直し、一歩踏み出す。その足が、点字ブロックを踏み越える。
これから僕が行うのは、逃避でも、抗議でも無い。示唆でも、復讐でも無い。崇高な意思も、固い使命感も無い。ただ純粋な、『僕』の終わりへの一手だ。
更にもう一歩進む。あともう一歩進めば、1m分かそこらの浮遊感の後、全身を激痛が襲い、それもすぐに終わる。
どうせこの路線はしょっちゅう「人身事故」で止まるんだ。僕一人のかける迷惑など、大したものじゃ無いだろう。
最後の一歩が、ホームを飛び出す。あと少し重心を前に傾けるだけで、全ては恙なく終わる。そのはずだったのに。
「やめとけ。無駄だぜ」
背後からかけられたその声に、無意識に身体が硬直した。上げた脚を下ろした直後、目の前を数秒かけて通り過ぎていく質量と風圧。それが終わって漸く、身体の力が抜けてその場にへたり込んだ。
「ほら見ろ。お前には死ぬなんてできねえンだ」
「……誰だよ。なんで邪魔した」
立ちながら振り返り、声の主を探す。それはホームに設置された椅子に足を組んで腰かけていた。性格の悪そうなにやけ顔をした、制服姿の、多分僕と同年代の少年……青年? まあ、そいつが声の主だった。
「俺かい? 俺ァあれだ、所謂死神ってやつだ」
「それなら僕を殺してくれよ」
「馬鹿言え。死神を何だと思ってやがる。死神は死期を告げ、魂を迎える。それだけだ……いや、違うな。ルール違反をしようとするテメエみたようなせっかち野郎を嗜めるのも重要な仕事だな。地獄ってのは、ンな気軽に行って良い場所じゃねえんだ。あと40年待ちやがれ馬鹿野郎」
自称死神は、そのままどこかへ立ち去ってしまった。

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HAPPY END

「ねぇ知ってる?
 この木の下で成立したカップルは、
 将来結婚できるんだってさー」
そう言って彼女はアイスをかじり、「つめたっ」と目を細めた。
『何を馬鹿馬鹿しいことを…』
と言いながら僕もアイスをほおばった。冷たい。
「え、でも悠、好きな子いるんでしょ?」
ふふん、知ってるぞ、とでも言わんばかりに片手で髪をかき上げる。さらりとした黒髪から甘い香りがして、つい目を逸らしてしまった。
『いや、興味ないって』
声が震えた。気付かれないといいな、と願うばかりだった。そして幸運なことに、彼女は僕の震えた声に気付いていないようで、「いやあ今日は暑いねー」と呑気に呟いている。
『梨花は信じてるわけ?
 てかその話、なんで僕に』
「まぁまぁいいじゃんかー」
アイス食べ終わっちゃった…と悲しそうに棒を眺める。『僕のあげようか』と言う言葉が喉まで出かかって、理性で抑え、なんとか平静を装う。
「応援してるんよ?これでも」
『何を?』
「いやだから、悠の恋だよー
 ずっと無愛想でそーゆーの興味ないとか
 言ってたのにさー」
『あぁ…』
「応援してるから、教えたの」
『そうか…ありがとう』
「言うこと聞いたげるから何でも言いなよー
 もちろん今だけだけどね笑」
彼女が帰り支度を始める。肌がジリジリと焼けてくる。心の中で葛藤する。どうしよう、と思う。
『さっき言ってた結婚できるってやつ、本当なん』
「えーどしたの?そー言われてるってだけやけど
 みんながそうなったら素敵だよね」
彼女はうっとりした目で遠くを見つめる。
「少なくとも私は、それを実現したいんだ
 これ内緒にしといてね」
そういってふふふ、と笑った。
『どういうこと…?』
「私昨日ね、好きな人にここで告白されたの」
頭を鈍器で殴られたかのような、ずしんとした痛みに襲われた。もちろん心理的な痛みなのだが。
「だから結婚できたらいいなぁ、なんてね」
高校生が何言ってんのって話だけどさー、と彼女ははにかむが、僕には表情筋を動かす余裕さえなかった。



幸せが、終わった。