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2021/2/7

自分の夢を言って、初めて「いいじゃん」と言ってもらえた日です
スクールオブロックに出会って、親から言われ続けていた「教師」という夢ではなく、「放送作家」という夢を見つけ出せて。しかし今までの夢が安定した仕事で与えられた夢だったぶん、自分で見つけ出した夢を「食べていけないよ」とか「現実みろ」とか言われたくなくて、数カ月間口に出すのをためらっていました。そこから今年の1月、初めて他人に自分の夢を言ってみたら、案の定「やめときなよ」と言われて。ああこんなもんか、せっかくやりたいこと、将来自分がやっていたらワクワクすることを見つけられたって言うのに否定されるのか、馬鹿にされるのか、って思って、また口を閉ざしてしまって。2回目にはっきりと自分の夢を口にしたのが2月7日でした。聞いてくれた相手は、名前も知らない職員さんでした。
志望校の推薦試験に落ちた自分の話の中で、夢は放送作家なんだと思わず言っていて。それを聞いてくれたその職員さんは、「いいじゃん」と言ってくれたんです。
やめときなよ、と私を止める人は皆「あなたのために言ってるの」と言ってきました。でも、自分にとっては夢を肯定してくれる言葉のほうがよっぽど自分のためになっていると感じました。その夢が難しいとか狭き門とかは本当にどうでもよくて、ただ自分が「その道に進みたい」と思えることを見つけられたことが嬉しくて、その道もいいねと肯定してほしかったんだ、と思いました。
その日から私は、胸を張って自分の夢を言えるようになりました。そして地元のラジオ局への見学・体験にも参加して、少しの期間でしたが校内ラジオの企画・構成担当もして、より面白いことを考えられるようにと今まで以上にたくさんのものを吸収しながら、フットワークの軽さを武器にここまで生きてこられました。
こんなにも楽しい一年は今までありませんでした。将来ラジオの世界に飛び込んで、多くの人をワクワクさせるために、まずは自分の世界を広げようと、必死で、そしてワクワクしまくった一年でした。
あの時は職員ネームを聞くということも思いつかず、結局誰かわからずじまいになってしまいましたが、できることなら2月7日に20分間も自分の話を聞いてくださった職員さんにお礼を言いたいです。本当にありがとうございました。

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Speaking

さっきの続きです。

祖母の故郷である熊本に車で14時間かけて行きました。すごく田舎で、本当に何もなくて人も全然いない所です。山の中なのでめちゃくちゃ空気が良く、80歳を超えてるオジサン、オバサンはすごく元気でした。でも、何を言っているのかが全然分からないんです。方言がすごくて、父とかいとことかが通訳してくれてやっと会話できるって感じなんです。だから、オバサンが笑いながら話をしてるんですけど、何を面白がっているか分からなくて逆にめっちゃ面白いっていう現象になってしまいました。しかも、オバサンの笑い方が私がゲラを発動させてしまう笑い方だったので余計面白かったです。東京にいるいとこには会えなかったんですが、写真を見せてもらいました。ものごっつい。。ジェーン先生並みにピアスが開いてるんですよ。髪も染めて、私が知ってる頃と全然変わってたんです。でも、それは見た目だけでオバサンが言うには中身は「まだ人間」らしいです笑。私が会いに行きたいって言ったら「いつでもいいよ」って言ってくれたので絶対会いに行きます。熊本の親戚はみかん農家なのでみかん畑に連れて行ってもらいました。「どこ行くの!?」ってくらい山の中に入っていって、『ポツンと一軒家』みたいに車でギリギリのところを走るみたいな感じでした。着いたのは山の頂点で、景色がちょっとおかしいくらいすごかったです。車のナビからも外れていました。みかんの量もだし、そこにあった全てが感動でした。そこでお弁当を食べて帰りました。空気が良かった。。山も海もあるところなので、夏は釣りをするんです。だから来年は釣りをしに行きます。みかんも「好きに持ってけ」と言われましたが、好きなだけ持って行ってもその倍の倍の倍の倍くらいあるので、また送ってもらいます。

まだまだ話したいことはあるんですが、もうすでに長いしもっと長くなるのでここまでにしておきます。