表示件数
0

偽人小歌 Ⅲ

「…ですってよ」
通信機の向こうから聞こえるアカネの声を聞いて、レンガ造りの建物の屋根上に座り込むヘッドドレスを身に付けた少女が、隣に座るギリギリ結べる長さの髪を結わいたメガネの少年に目を向ける。
「トウカは見つかったけど、やっぱり襲われちゃったみたい」
今はアイと逃走中ですって、とヘッドドレスを付けた少女は笑う。
「いいわねぇトウカと2人っきりなんて」
「そんなこと言ってる場合ですか」
トウカさんが襲撃されたんですよ、とメガネの少年は立ち上がる。
「よくあることとは言え、緊急事態であることには変わりありません」
僕たちも行きましょう、とメガネの少年はヘッドドレスを付けた少女に目を向ける。
「…もう、“ミドリ”ったら真面目ねぇ」
ヘッドドレスを付けた少女はそう言って微笑む。
「いつも“シオン”がふわふわしているからですよ」
“ミドリ”は“シオン”に冷ややかな目を向けると街中を見下ろす。
そこには黒服に覆面姿のいかにも怪しげな人物が走っていた。
「あら、あの人かしら」
トウカを襲ったのは、とシオンは指さす。
「銃器を持ってますし、そうでしょうね」
さっさと始末しなければ、とミドリは腰に帯びたレイピアに手をかける。
「いつも通り、相手が死なない程度にするのよ」
シオンがそう言うと、分かってますとミドリは言って屋根の上から飛び降りた。

レンガ造りの街の片隅にて。
黒服に覆面姿の人物たちが、銃器片手に走っている。
「マズいぞ」
「奴らに見つかった!」
そう口々に呟きながら覆面を投げ捨てた所で、道の角から眼帯姿の少年が現れた。
「!」
黒服の人物たちは驚いて立ち止まる。
「なんだおま…」
黒服の人物たちの内の1人がそう言いかけた時、背後から銃声が聞こえた。
黒服の人物たちが振り向く間もなく、その内の1人がゴム弾で撃たれて倒れる。
「⁈」
仲間たちが倒れた者に気を取られている隙に、眼帯の少年は腰に帯びた長剣を手に持つと無言で黒服の人物たちに向かって走り出した。
「なっ!」
黒服の人物たちは銃器を構えようとしたが、その暇もなく少年に鞘に納まったままの剣で急所を突かれる。

0

偽人小歌 Ⅱ

「トウカはおれたちの“恩人”だから…」
アカネはそう言いかけて、不意に言葉を止めた。
「?」
どうしたのアカネとトウカが首を傾げた所で、アカネは突然こう叫んだ。
「伏せろ‼︎」
その言葉と共に、辺りに銃声が何発も鳴り響いた。
「!」
トウカが驚くよりも早くアイはトウカを伏せさせ、アカネもその場に伏せる。
「…」
銃弾の雨が止んだ所で、アカネは建物の屋根を見やりながら立ち上がる。
そこには覆面姿のスナイパーたちがいた。
「出やがったか…」
アカネはそう呟いて、2人共、大丈夫か?とトウカとアイの方を見る。
「大丈夫よ」
「平気です」
立ち上がる2人を見ながらアカネはなら良かったと声をかける。
「とりあえず、アイはトウカを連れて安全な所へ逃げてくれ」
アイツらはおれらがなんとかする、とアカネはアイの目を見る。
「了解です」
アカネさんも気を付けてくださいね、とアイは言うと、行きましょうとトウカを連れてその場から立ち去った。
アカネは2人が立ち去る様子を見送ってから、建物の屋根を見上げる。
さっきトウカを狙ってきたスナイパーたちはもうすでにその場から去っていた。
「…聞こえるか、みんな」
アカネは耳の通信機に手を当てながら言う。
「さっき襲撃されたんだが、犯人どもに逃げられちった」
多分奴らはまたトウカを狙ってくる、とアカネは付け足す。
「だからおれたちは奴らの作戦を阻止する!」
絶対にトウカを守り切れ!とアカネは語気を強めた。
「了解‼︎」
通信機の向こうから、威勢のいい声が聞こえた。
「…頼んだぞ」
アカネはポツリと呟くと、その場から走り出した。

0

偽人小歌 Ⅰ

昔々、人間たちはその科学力で栄華を極めました。
その技術の果てに人間たちは“人造人間”を作り出し、人間の代わりに戦争をさせるようになったのです。
際限なく各地で生産される“人造人間”によって戦争は激化し、やがてどこの国も疲弊していきました。
「そうして科学力を失った人間たちが、戦争をやめたのが10年前」
わたしが幼かった頃のことよ、とレンガ造りの建物が並ぶ路地裏の片隅で、座り込む長髪の少女は微笑む。
「じゃあ、人造人間たちはどうなったの?」
戦争は終わったんでしょ?と少女の周りに集まる子どもたちが口々に尋ねる。
「それは…」
少女が重々しく口を開こうとすると、トウカさんと少女の名を呼ぶ声が聞こえた。
少女が顔を上げると、短髪にメガネをかけて太刀を身に付けた少女が立っていた。
「探しましたよ」
行きましょう、アカネさんが心配してますよとメガネの少女は”トウカ“に言う。
「分かったわ、アイ」
トウカはそう答えると立ち上がり、じゃあ続きはまた今度と子どもたちに言って、”アイ“と共にその場を後にした。

「もう、急にいなくなるからびっくりしましたよ」
”みんな“はいつものことだって言ってましたけど、私は相当焦りましたからねとアイは心配そうに言う。
「まぁいいじゃないの」
わたしは出かける先々で色んな人と話すのが趣味だから、とトウカは笑う。
「それに、”命を狙われる“のには慣れてるから!」
「そのジョーク全然面白くないですよ」
トウカの言葉に対し、アイは真顔で返す。
「あなたに死なれちゃ私たちが困るんですよ」
私たちにとって、あなたは希望なのだからとアイは呟く。
「そうかしら?」
わたしはただ自分がなすべきことをしているだけよ、とトウカがアイの方を見た時、前方から声が飛んできた。
「おーいトウカー」
見ると右目に眼帯を付けてキャップ帽を被り、長剣を持った少年が、2人に手を振っていた。
「どこ行ってたんだよ」
心配したぞ、と少年は2人に駆け寄る。
「あら“アカネ”」
探してくれたのね、とトウカが言うと、“アカネ”は当ったり前だろと笑う。