あれから5年
震災のあったときから被災地のために何かしたいなと思っていたけど。何をしたらいいのか分からなかった。自分にできることは小さな事だけど何かしたい。
思ってるのに行動できなくて
情けなくまた、歯がゆく思っています。
春から大学生になる僕は今決めました!
大学生のうちに必ず被災地に伺います!
行くだけになってしまうかもしれないけど行かないと分からない事もたくさんあるはず!
前を向くことは忘れることじゃない
STAY STRONG!
まだまだ強く。
5年前、私は小学2年生でした。
あの大きな震災で住んでいた家を無くして、仲がよかった友達も遠くに引っ越してしまった。
私の町ではまだ仮設住宅が建っていて、仮設住宅を見ると、「まだこんなにあるんだ」って思う。
もう少しで5年。
引っ越した友達のことを今も時々思い出すけど頑張ろー。
あの頃は小学校六年生でした。卒業失っだったのを覚えています。揺れも凄いし地面が本当に割れてしまうのかもしれないというくらい音もすごかったです。自分は内陸に住んでいるので津波はなかったですがとても怖い思いをしました。そして、沿岸から引っ越しして来るひともいました。
自分は震災が起きてからボランティアなどを、たくさんしました。
引っ越しして来たひとと出会えたのはとてもうれしいことです。でも、出会いの分以上に繋がりを失ったと思います。
その時おばあちゃんに言われたのが失った繋がりは戻せないけどこれ以上は無くならない。不幸がたくさん苦しめてきても、その後は必ず幸運がくる。これからは繋がりを無限に増やせるんだよ。と言われて泣きそうでした。
失ったことを無いことには出来ないけど前を向いていこうと五年間来ました。
これからも復興にむけて頑張っていきます!
あれから自分は何も変わってない。今日グッドモーニングアメリカの「サイダーでも飲んで」を聴きました。自分の未来は絶対に自分で切り開くと決めました。サイダーでも飲んで頑張ります。
あの時の俺は小学生。正直あの時は友達と一緒にアトラクション感覚だった。テレビを見て事の重大さ、あの時の自分の愚かな思いに気がついた。あれから5年、今でも復興は終わっていない。東京にいる俺がどんな言葉をかけたってそれはおせっかいだし絶対に届かない。歯がゆいけど、できるのは祈ることだけなんだと思う。
静岡は40年近くずっと「東海地震が起きる」と言われ続けています。
だから今回の震災は他人事ではないと思っていました。
しかし、皆さんの書き込みを読んだり、東北の生徒さんの声を聴くと、何も知らないのだということを痛感しました。
僕は日本人はこれまで培ってきた力を持っていると信じています。しかしそれは、僕たち自身によって壊すことも守ることもできるもの。
被災された方々は既に頑張っている。その人に対して「頑張れ」などということはできません。今の僕には大したことはできませんが、とにかく早い復興を祈ります。また、風化させないよう後の世代に伝えていく必要性を感じています。
東日本大震災からあっという間に5年がたちます。当時は中学2年であって、学校で修学旅行に行った後の感想文を書いていたときに発生しました。
机の下に入ってすぐに揺れ始めて、すごく怖かったです。学校から帰ってきて親と一緒にテレビ見たら宮城県に津波が押し寄せてきた光景が映っていたので、見た途端言葉が出ませんでした。
僕は小学4~6年の間宮城県の仙台市に住んでいて、もしまだ宮城に住んでいたらどうなっていたのだろうと考えていました。
東京に戻ってきても、宮城の小学校の友達はどうしているのだろうと考えたりもします。今では連絡もしていませんが、元気であることを祈っています。
長々とすいません。震災で亡くなられた人たちのご冥福をお祈りいたします。
5年前僕はまだ小学3年生でした。中学受験をすることを決めたぼくはその日が初めて塾に行く日でした。5年前の3/11高知県は離れていて揺れは起きませんでした。しかし、自分たちに聞かされたのは東北で地震が発生して津波が来るかもしれないというものでした。内陸の方に住んでいたし、津波というものがどんな物かも正直その時わかりませんでした。あの日学校から帰って家でテレビを見ると地震が起きたニュースばかりでした。地震を経験した事がなかったですが、震度7という揺れがどれだけのものかは体験した事があり、少し心配でした。塾で先生たちがテレビに釘付けになっていて、それをみると海から津波が押し寄せてくる映像でした。目の前の現実を小学3年だった当時の自分にはあまり理解できませんでした。しかし、家や車が流され屋上に取り残された人をみて事の重大さに理解させられました。5年経って、まだまだ色々な問題はありますが、今確かに進んでいる復興。また、皆が笑顔で歩く元通りの街に戻れるように願っています!
被災したわけではないけど書き込ませていただきます。
卒業を目前に控えていた小6だったあの日。私はクラスでコンピューター室で調べ学習をしてた。こっちでもすごい揺れを感じて、すごく怖かった。そのあとここでは何もなかったことがわかって、調べ学習は再開。その時にネットニュースでみた「東北地方で震度7以上の地震」大変だと思ったし、信じられなかった。家に帰ってテレビを見てやっと現実だと分かった時、私と同い年の子たちは大丈夫なのかとすぐに思った。私には東北の親戚や友達がいるわけじゃないけど、悲しかったし何もできない自分が悔しかった。あれから5年。私には何かできているだろうか。ちょっとの募金をしたり忘れないでいることしかできないけど、少しは力になれているだろうか。被災した皆さんが、みんな笑える日が来ますように。長文失礼しました
大震災から5年、まだ5年かもう5年かはよくはわからない。あの日の自分はまだ小学五年生でニュースで流れる津波が人に向かって襲いかかり人の悲しみの声と共に流れる映像を見ながら、声も届けてあげることも手を差しのべてあげることもできず、何もすることができずにいた。
そんな日からいつの間にか5年も経った、けれど、未だに自分は何もすることが出来ずにいる。けれど、今の自分には学ぶ場があり、これから数年先に震災の被害にあった人に勇気を与える事ができることもできる。そのために今自分ができることを精一杯やっていきたい。今を一生懸命生きて学んで経験を積んで、そして将来は全ての人に勇気を与えることをしたい。