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未来新聞を読んで。あの時と同じ金曜日

3月11日金曜日。あの時と同じ曜日。
工場で3分近く揺れて休憩所でみた映像が信じられない。
校長教頭の声や梅の花に元気をもらった。

未来新聞を読んで被災地と呼ばれるのも変だなと思ってる。よくても復興地。宮城や福島と場所で呼んでほしいです。
花火や綺麗な海、牛タンや刺身等美味しく癒される。

海沿いに住んでるからか、津波は嫌だけど海はすきという言葉に共感した。
何もないけど、学校行事で清掃やマラソンで海岸を走ったからだと思う。

今見える景色を大切に。起きた時に海抜が高い所に逃げる等考えていきます。

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感謝(●´ω`●)

今日は震災から五年の日。
毎日当たり前のようにご飯食べたりお風呂入ったり勉強したり、と色々出来てることが何よりも幸せなことだと思う‼️
当たり前のように1日が過ぎて明日が来る。こういう時こそ感謝しなきゃなって思う。神様ありがとう♡
だからこれからも1日1日を大切にして過ごしていきたい(◍ ´꒳` ◍)b✨

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今の気持ち

安倍総理が2020年までに東北への観光客を3倍に増やすと言っていた。もちろん観光で生活している人がいるのはわかっている。でもそれより先にやらなければいけないことがあるんじゃないかな?と思う。被災された方の生活を優先してほしい。
勝手なことを言っていると思う人もいるかもしれないけど、震度5強を経験して少しはわかるつもりです。
この春休みに宮城県へ行くので少しでも貢献できればと思う。

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5年

今日で東日本大地震から5年が経ちました。
5年前は小学5年生でした。家に帰ってテレビをつけると津波の中継。怖くなってテレビから目をそらしました。
私がテレビを見ていた時に何人もの命が失われ、たくさんの思い出の品など、何もかも全てが失われました。
失ったものは取り返せないけどそれにまさるような生活をしていかなければならないと感じました。

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5年目

気づけば高校生活も半分を過ぎました
あの時ランドセルをしょっていた私は、ブレザーに身を包み、毎日学校に通っています
あの頃、遠い未来だと思っていた時間を、私は今生きています

こんな未来を生きたかった人が何人いるでしょう
何十人、何百人、何千人…、数え切れないほどいたはずです

たくさんの人々が繋いでくれた、たくさんの人々が願った未来を、私たちはちゃんと生きることができているでしょうか?

自問自答しながらの3.11になりました

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あれから

初投稿です
昨日の授業を聞いて投稿しようと決めました

あの日から5年が経ちました

今日はとても残念でならないことがありました
学校では黙祷の時間も何もありませんでした
話にも全く出ない
私の家からはとても遠いところで起こりました
何も影響はなかったかもしれない
でも、だからといって何もないのはどうかと思いました
私のただのエゴなのかもしれないけど…

昨日、初めて自分と同い年ぐらいの人たちの本当の声を聞きました
本当に聞けて良かったです

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つなげる。

今日はバイトを休みにしてもらい、NHKの特番を見ていました。地震や津波の映像が流れると同時にあの時の記憶が鮮明に蘇りました。
心のどこかでは、やっぱりあれが嘘であってほしいと願ってる自分がいます。そうであれば、罪のない多くの人々が亡くなることはなかったから。

自分にできること。
それはあの時の教訓をこの先、自分の子どもや孫に伝えていくことです。
明るい未来が必ず来ると信じて。

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東日本大震災から今日で5年 1日目。

東日本大震災発生から今日で5年がたちました。 津波の影響で、地元の高校も一階浸水し、実習の授業、参加できず、断水などの被害も遇いました。 今は新しい一階になり、実習の授業を受けることができました。 あのとき震災が起きなければ、普通の実習の授業、行えたのかもしれません。 私は5年間、地元の学校を卒業することができました。 またいつか津波を受けた地元の学校に来るかもしれませんが、もしこれるとしか行きたいという気持ちです。 まだ話したいことがありますが、また来週震災のことについてかきます。2016・3・11 ゾンシンさん

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今夜のSOL! お知らせ

東日本大震災から5年、今日はその日です。昨日発行された未来新聞の記事も含めて、さらに考えていきます。応援部は、浪人を決めた生徒さんへ。セカオワ先生は、STAY STRONGの寄付金額発表。さらに、全国ツアーのお知らせ。本日も、このあと22時開校です。

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時の流れ

今日は震災の起きた2時46分には僕は既に家にいました。なので、自室で黙祷を行いました。
しかし、周りの友達はどうだったのか。学校での様子を見ても震災の話題に触れないようにしているように思えるのです。
今日は学校でも半旗が掲げられ、先生からの話もありました。市の広報も何度も流れていました。
そんな中でもどれだけの人が今日という日の意味を考えたのか。
もっといえば、僕も昨日の授業を聴かなければこれほど考えなかったかもしれません。
時間の流れの怖さを感じると同時に、風化させてはならないと改めて実感しました。