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まさかの

昨日の書き込みを読んでもらえるとは思いもしませんでした。拙く、まとまりがない文章でしたが、読んで頂きありがとうございます。

毎年この日を迎え、黙祷している時に「内陸に住む俺には何が出来るだろう」と考えていました。内陸は沿岸地域に比べて復興が早く、今では震災の爪跡はほぼありません。それはそれで良いことなのですが、内陸の人と沿岸の人との生活に差があることが気になっていました。「何か出来るはず」「いや、何も出来ないんじゃないか」とぼんやり考え、結局答えは出せないままでした。

そんな私にも、遂に復興の役に立つ時が来たんだと思います。志望した会社から内定を頂けて本当に嬉しかった。ちっぽけであろうとも、綺麗事であろうとも、地域復興に尽力します。そこにいる人たちを決して無視出来ないから。

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わからん、、

好きな人に大好きだよと伝えたら
満面の笑みでありがとうって言われた

意味がわからんぞ、、
これは明日もう一度プッシュするべきか
てか私がいつもみんなに大好きって言ってるから
likeの意味で取られてしまったとか
てか嫌われてしまってるかもしれへんし

うわあぁぁぁ、もう、、
何なんだよありがとうって、、涙

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5年

今日の2時46分に全校生徒でもくとうをしました。この震災を風化させてはいけないという先生の一言、本当にその通りだと思いました。私たちが住むこの宮崎にも近いうちに大地震が来るかもしれないと言われていて決して他人事ではないんだと感じました。そしてキッフ&リリースは一週間に約1000円として五年間で240000円でした。これからもずっと寄付を続けていきたいです。最後に東北地方のみなさん何事にも負けずに頑張ってください。応援しています。

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別れ

先日、僕達の元、担任だった先生が
なくなりました...
そのことを今日、告げられました。
自分の中では、まだ気持ちの整理
出来ていません。
その先生ともっと話したりすれば良かった、とか
今は,とても
後悔しています。
どうしたら、いいでしょうか?教頭.校長教えて下さい。

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卒業

本日、中学校を卒業しました!
今まででの日常が無くなると思うとやっぱり寂しくて、最後の最後まで楽しくて、別れがたかったです。涙が溢れました...(´;ω;`)

でも本当に、素敵な仲間に出会えてよかった。
掲示板でもたくさんお世話になりました!
春からの新たなやのしもよろしくお願いします!笑

そして今年卒業を迎えた皆さん、
おめでとうございます!!ヾ(*´∀`*)ノ

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もう5年、まだ5年

私が家に帰ると母が「ちょっと見て」とTVを私に見せてきました。その映像は非現実的な現実で・・・。まるで、CGを使っているような津波。泣き崩れる被災者の方の姿。どれも、今、同じ時間に同じ日本で現実で本当にそのようなことが起きてるとは到底考えられませんでした。そして、その日から5年が経ちました。もう5年、まだ5年。人それぞれ捉え方は違うと思います。他県民として出来ることはすべてし、当たり前の日常を感謝しようと改めて思いました。

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長時間

UNIQLOに4~5時間も居てしまった...
しかも親を付き合わせて...
ホンマに申し訳ない

ただね、20歳にもなったしちゃんとした格好するって、ジャージとかからは卒業するって決意したから
まぁ、これだけは分かってくれてるはずだ(笑)

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イヤホン

2ヶ月前に購入したちょいと高めのイヤホン... 右側の音が急に聞こえなくなった... (T-T) 壊れるの早すぎ... ( ノД`)…

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未来新聞に共感

未来新聞の一番上の記事にすごく共感しました。
私は震災前から岩手でも内陸の方に住んでいました。また母方の祖父母は津波で壊滅した陸前高田市の中でも、最も海に近いエリアに住んでいました。
あの日、私のアパートは、隣の部屋の壁が崩れ、とても危険な状態でした。室内にいるのが怖くて車の中でラジオを聞いていると、陸前高田市が壊滅というニュースが流れてきました。母が運転席で声をあげて泣き崩れたのを今でも忘れられません。一週間ほど祖父母と連絡がとれず、不安で不安で泣きそうな日々を送りました。
祖父母は無事でしたが、震災から1年後に訪れた祖父母の家の跡地には、なにもありませんでした。
岩手県出身というだけで、震災について多くのことを聞かれますが、私はいわゆる「津波の被害者」ではありません。だから、初めの方は震災について聞かれると心苦しいものがありました。私なんかが伝えていいのか…今は、私の祖父母が経験した震災について英語でスピーチしたり、絵本を英訳して海外で発表したりと、自分ができることにどんどん挑戦しています。
経験したから、しなかったからに関わらず、みんなで語り継いでいくことが大切だと思います。

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5年目

今日であの東日本大震災から5年目が経つ。5年という一つの言葉には表しきれないほどの変化と成長があった。しかし自分が体験した5年間のなかでなにが出来ただろう。自分たちがふざけている間にも、多くの人が復興に向けて努力している人がいる。その人たちのことを忘れてはいけないと思う。そしてその人達の助けになることを探して続け、行動していくべき。