東北だけど被害が地震の揺れしかなかった山形。周りの県は被害があるのに...
なぜか複雑な気持ちだった今日は震災の特番を見て改めて感じたことがある。
1日1日を大切に生きること
震災当時中学生で、帰ってきたらテレビ画面に恐ろしい映像が流れてた。体験してないのに血の気が引いてしばらくはずっと安否情報をラジオで聞いていました。遠くから願うことしかできなかったけれど、高校生になり修学旅行で被災地に足を運ぶ機会がありました。
私が足を運んだのは南三陸、防災庁舎に海洋ホテル…その他にもたくさん行きました。
実際に足を運んだときは震災から三年経っていましたが、何もない土地に斜めに突き刺さった家や止まった時計、そして深い傷を負ってしまい、今も苦しい被災者の声。実際見て聞いたら苦しかったです。でも被災者の方がもっと苦しいわけで。
私はこの震災学習で学んだ事を発表で伝えたものの、それでももっとたくさんの方に知ってもらいたく、今の進路を選んだということもあります。そして、今ある生活のありがたさや生活を見直すきっかけとなりました。
震災にあっていないし、一度しか行っていないのにこんな事を言っていいのかと不安もありますが、一度行って見て欲しいです。私もでしたが、画面とは全く違う光景です。地元を出るこの機会で伝える行動、復興に貢献する行動を少しでも進めていきたいです。そして、1日1日を大切に生きたいです。
当時は小5でした。昔のことをよく忘れてしまう私でも、5年前の3月11日のことは鮮明に覚えています。震災後に初めて東北のお婆ちゃん家に行ったときの衝撃も忘れられません。
5年経ったんですね。
記憶から薄れてしまうかもしれない、でもまだまだ出来ることは沢山あるんだと思う。
僕はあのときテストの後で、本を読んでいたのを覚えています。
地震が起きたときは友達を励ましながら、これからどうなるんだろうと考えていました。
しかし、実際には東京は被害がほとんどなく、東北の被害がとてつもないということをあとで知りました。
あの日から5年
復興はまだまだ進んでいないと聞きます。
実際に、一昨年ですが僕が福島に行ったとき、3年たったのにこの状態なのかと思いました。
今はどうなのかわかりませんが、まだまだなのだと思います。
しかし、東北がそんな状況なのに僕たちは普通の日々を送っています。
というか、はっきり言ってしまうと震災のことを思い出すのはほとんどありません。
申し訳ない、なんていうのも失礼だと思います。
もちろん忘れているわけではありません。
ただ、どこか他人事のように考えてしまう自分もいます。
それは被害をほとんど受けていないからです。
その分、被害を受けた方々の気持ちになるのは難しいかもしれません。
けれど、僕たちには僕たちにしかできない支援もあると思います。
僕たちはできることをやっていくだけです。
たとえそれが傲慢だと思われても。
長々と失礼しました。
塾にて。
先生「そうだねぇ、後は授業の取り方かなぁ 」
私「まだ紙とか配られてないんですよねぇ どんな風にすればいいんだろ」
先生「そうか、単位の計算とかするんだよ大学って、
あ、俺の携帯番号知ってるよね?」
私「月曜日に塾長に教えていただいて。 それで結果報告、先生にかけたんですよ 」
先生「じゃあ、なんかあったら掛けてね。相談に乗るから」
私「いいい、いいんですか?! 本当ですか?!」
先生「いいよーっ 次誰を受け持つか分からないから曜日変わっちゃうかもしれないけど。
連絡してくれたら相談乗るよ」
何から何まで本当お世話になっている一個上の先生。
ひとこうえんいっかいずつ応募していいんですか!?
それとも1回しかだめですか!?
その1日さえなかったら、"いつも通り"笑いあって"いつも通り"過ごすことが出来たのにって。"いつも通り"って何なんだろう?って。僕も思います、「もし、もう一度あの子に会えるなら、絶対に告白しよう」って。「もし会えるのなら死んでもいい」って。それぐらい大事な人なんですよね。だけど、生きることしかできない。死んだらあの子のこと想えないよ、あの子のこと思い出せないよ、って。
今日、卒業式でした。
ありふれた表現だけどあっという間の3年間でした。
もう一度中学生したいです。