あれは忘れないな。誰が地震に気づいたとか、誰がそばにいたとか、誰が泣いててとか、
どんなふうに泣いてたとか、音楽室にいたこととか、やたら覚えてる。
被害が大きかった関東地方から引っ越したばかりの時で、前の小学校の子たちとかすごく心配だった。
東日本大地震から早くも6年が経った。当時の揺れは鮮明に覚えている。あの時は確か卒業式の練習をしていた。当時の僕はまだ知識も何もなかったせいか、遠い自分たちとは無縁のところで地震が起きてるなーぐらいにしか感じれなかった。でもこうして6年が経ち、知識も蓄えていくうちに、震災についていろんなことを考えるようになった。そして思ったことをいうと、まだまだ課題は山積みだと思う。風評被害、原発のこと、仮設住宅などまだまだ未解決の問題はたくさんだ。
他にも原発のデブリなど新しい問題も出てきて、いろいろごっちゃになってる気がする。それにも関わらず、今の政府の人たちはその問題から目をそらしてる気がする。「自分たちでやって」みたいな問題を丸投げして目を背けてるようにしか思えない。もっとこの問題には注目するべきだし、全国の人たちも他人事とは思わず自分のことのように考えていくべきだと思う。いろんな人がこの問題に注目し、自分ならどうすればいいかを考えて、初めてこの問題は解決していくのかなと感じます。こいつ何を言ってるのか、何を偉そうなことを言ってるのかという人もいるかもしれないが、これだけは言いたかった。
校長!教頭!TOSHI-LOWさん!こんばんは。
私は、岩手の沿岸部に住んでいる高校生です。
震災当時は小4でした。自分は家族や身内に亡くなった人は居ませんでしたが、家族と同じくらい大好きな犬達を2匹、津波で流されてしまいました。一匹は生き延びていてくれて、今も元気です。家族を亡くしてしまった子や、直前まで廊下で話してた友達が子が亡くなってしまった事がとてもその頃の自分には難しく、怖かったです。
沢山そういう思いをした人はいると思います。
被災していない方でも私達と同じ気持ちで寄り添ってくれる方が沢山いてそういう方達の気持ちがとても温かかったことをずっと感謝しています。
TOSHI-LOWさんには、この間地元でアコースティックライブがあって、行かせて頂きました!
とっても嬉しかったです!ちびの時からBRAHMANを聞かされ続けてよかったと思ってます♡FREAKSで待ってます!!!!!!!!!春も行きます!!!!!
私は当時小学5年生でした。帰ってきてテレビをつけたら、ディズニーランドが地盤沈下?してる映像でした。私はその中だけの事故か何かだと思い、「大変だな」と思いながら遊びに行ったのを覚えています。そして帰ってきてから大変なことになっているのを知りました。
それでもやはり九州と東日本ということでどこか他人事だったように感じます。
そして熊本の地震がありました。私の住んでいる地域は何の被害もありませんでした。でも震度3や4の揺れでも私は1人で寝るのが怖いと感じるようになりました。東日本のみなさんはどれほどの恐怖を感じたのでしょうか。
東日本のみなさんの幸せを願うばかりです。
東日本大震災が発生した当時、家に帰ってtvで地震の映像を見て強風はあったものの日本で起きていることが信じられず他人事のように捉えてた。
けど、去年の春に熊本地震で被災して同じ日本で起きていることなんだと気付いた。
今ならよくわかる、東日本大震災で被災してなくても自分のことのように受け止め支援することが大切なんだよね、、、
今、福島の原発の事でいじめられてる人がいるというニュースを結構耳にします。ただただ悲しいです。地震、原発、全てがしょうがない事だったのにな、、
あの日からもう6年か
自分はその時中学一年生でした
その日は学校に帰ってテレビをつけて見たら東北の方がとても大変になっていました
その時自分は何が起きてるかわからなかったです
そんな時自分はには何ができるのだろうどうすれば東北の人たちを救うことができるのだろうかそんなことを思っていました
これからの自分たちの未来
僕はその時小さかった子供達これから生まれてくる人たちにこんなことがあったんだということを伝え続けていけたらいいなと考えています
TOSHI-LOWさんは誰もやってくれないことをやってくれる。でもそれはバンドだからやれることであり、バンドしかやれないこと。時にそれが批判されるけれど試行錯誤していろんなことやってる。カッコいい確か言い表せないと思う。