わたしは栃木に引っ越してきてもう6年が経ちます。わたしはお父さんを亡くしたとき、自分も死んじゃえばって思ってました。6年が経った今、成長したことといったらなにもないけど、一つだけあるとしたらそれは、悲しんだらしてる人の気持ちを分かれるようになったこと。悲しみや虚しさを分かち合える、わたしと同じような立場の人たちのことを思いやれる強さを持てるようになりました!!!心に開いた穴をやっと埋められるようになった今だから言えること!!頑張れないときは無理しなくていい!頑張れる時に頑張れればそれでいい!!案外それでやってける!!それが1番いいことだってこと知れたのはやっとこの時間が経ってわかった!!ありがとう!!これからも前に向かって進み続ける!!
私は原発のあるところに住んでます。
3.11の時はこっちの方でも事故が起きたらどうしようと冷や冷やしていました。
よ〜く考えるとあれほどの影響力があるものが自分が住んでいるとこにあるというのはある意味すごい事でなんかあった時にどうしたらいいかが不安です。
僕は大きな災害を経験したことがないので(経験してはいけないのでしょうが)この震災に遭われた方の様子を事細かに知ることはできません。頻繁に被災地を訪れることも難しいので、大した支援もできません。それがとてももどかしく思われてしまいます。
しかし、あの出来事を忘れてはならないという思いは常に持っているべきでしょう。このことは、立場や思想を問わず全ての人が覚えていなければならないことにもかかわらず、日本人でさえ多くの人が忘れてしまっているのではないでしょうか。
静岡にいると、この時期以外は震災のことをほとんど聞かなくなってしまっています。政治の面でも、どうでも良いようなことばかり議論されているように感じます。
学校などでは、政治や社会の問題を話しても、関心を持つ人はほとんどいません。僕たちの世代が少しでも考えなければ、日本の未来はありません。
あの記憶を覆い隠すのではなく、むしろ教訓として、今後あのような被害を出さないことが僕たちの役割ではないでしょうか。
僕がちょうど卒業式の練習で早く帰ってきて、いいとも見ようと思ってテレビをつけたら、東北大震災の様子が流れていました。正直ここはほんとに日本と思いました。遠くだし、小学生という幼さもあり、全く実感がありませんでした。
ですが、熊本大地震の時に友達が怖い思いをしてる様子をSNSでみて、とても心配になりました。
最近では、北海道でも、地震で揺れることもあり、恐怖はあります。そして、大学で関東に出る自分は、次は都市圏や北海道での地震が予期されてるのでとても不安です。なので、今日の放送を聞いて、学びたいと思います
長文すみません
東日本大震災の日、僕は北海道にいました。
震度4の地震があって、近くで起きたのかと思いきやまさか東北だとは...
そして、震災復興のために親が岩手県を受け、沿岸に行くかと思いきや内陸に...
岩手に越してからニュースを見てると人員不足で復興が進まないという内容...
岩手県は何を考えているのかと思った...
震災から6年経つ今年、今でも復興まではほど遠い感じになっている。
それを考えたら復興が進まないのは役所のせいではないかと考えられなくなってしまいました。
小5の楽しい図工の授業中、急にあの悪夢がやって来た…お母さんと3週間会えず、連絡も取れずもう「お母さんに会えないんだ…」って途方に暮れる毎日…後悔しないように、毎日感謝の気持ちを伝える大切さを気付かされた出来事でもあった。今はいつ、お母さんと会えなくなってもいいように気持ちをしっかり伝えるようになりました。
被災地はじょじょに仮設住宅も無くなってきて復興住宅が増えてきて、元通りとは言えないけれどちゃくちゃくと進んできてる。目に見える事は復興に向かってるかもしれない。けど、心の傷はなかなか消えない。震災のせいでいじめられてしまう子、震災のことを思い出すのも辛いと思うような心の傷を負った人たち…これからはその人たちのために何が出来るかが大事だと思います。
私はそのこともあり、カウンセラーになりたいと思っています。
僕は去年の10月くらいにボランティア団体で
オリジナルの曲を作っていろんな幅広い年齢の人とふれあいました
子供の元気な歌声を聞いていた年配の方が
感動して泣いていたのを見て僕は
ふれあったり、歌ったりする事で少しは心の傷が改善されるのかなと思いました
でもまだまだ復興には程遠いところもありました
共に頑張ろう!
もちろん東北も凄かったが自分の住んでる長野県の栄村など、被害が出たのは東北だけでないってことを忘れないで欲しい。
尾崎豊さんだいすき~、今もカラオケで歌ったりしてます。ものまねの尾崎豆さん知ってますか?面白いですよ!