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関係ないけど…

私の塾の先生が2人ともスクールオブロックの元生徒だったことがわかりました。
なんか無性に嬉しかった!
やっぱりスクールオブロックはすごいですね〜!

受験も終わったし、80分間この学校について話そうかなぁ。

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イケメンすぎてヤバみ

今、新田真剣佑にどハマり中です!(みんなも好きかな?)
「ちはやふる」見に行こうかなぁ、、、
今週中にDVD借りて前作おさらいしよっ
ドラマの僕やりも見ればよかったーーー!
メイメイとマッケンのコンビ…最高すぎるううう↑

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3.11

昨日でもう7年か
あのときは小5だったから時間経つのは早いな
7年前のあの日はたしか卒業式の練習で早く帰ったんだっけ
広島だから全く揺れなかったし地震があったなんて知らなかった
でも家に帰ってテレビをつけると衝撃的な映像が流れてた
ホントにこんなことがあったのかと疑ったのを覚えてる
あの日はたくさんの人が、物が、当たり前がすべて奪われた日だ
あの日の恐怖や絶望を僕たちは何も知らないんだ
だから頑張れって言うのは違う気がする
僕たちにできるのはあの日のような被害を出さないことだ
必ずくる災害を防ぐために
あの日に関わったすべての人に合掌

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あれから7年

あの東日本大震災からとうとう7年が経ちました。時が過ぎて行くのは早いですね。
当時の僕は小学2年生でした。その時僕は家にいて、親が地震だと叫んだのも今でも鮮明に覚えています。
東北の方々は今でも避難生活をしていらっしゃる方もいると聞きます。その方々には早くもとの生活に戻って欲しいと願っています。

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2年間の座禅組を経て

すごく私事なんですけど
先日元彼と夜ご飯食べに誘われて出かけてた時
「好きな人できた?」みたいな話なって
私いなくてそのまま返したんですけど
返答が「いるなあ、今横にいるなあ」でして、
あとはご想像にお任せします。

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3月11日から7年…

今聞いてるリスナーは、ほとんどが小学生の時に経験した人が多いのかな…
自分も小学生やったし…
あの3.11から、もう7年。
校長と教頭は、今年は宮城県に行ったのかな?
七ヶ浜町だったから…
近くに行ったことが自分はあるので知ってます。
確か、近くは多賀城だから、高台だったから、
あまり亡くなった方が少ないって聞いた記憶があるかなぁ。(現地の人から)
それでも、亡くなった人はいるけど…
実際、メディアがこうやって報道することは、
否定的ではないです。
けど、大人しく過ごしたいと考えてしまう自分もいます。
被災した自分は、少し思います…
けど、亡くなった人が身内にいる人にとっては、
風化させないためにも、報道は大切なのかもしれません。
これは、意見が分かれることなのかなぁって感じてます。
書きたいことが多いので、また書き込みします。
長文失礼しました。

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あれから7年

昨日は3月11日
東北地方太平洋沖地震(東日本大震災)から7年が経ちました

(以下は当時の様子を書いているので見たくないという人は見ないでください)

2011年の3月11日、僕は当時小学5年生でクラス全員で授業の関係で図書室に移動している最中、地震が起きました
僕は気づかなかったのですが周りは揺れたとザワザワしていました

授業が終わり、4時ころに家に帰るといつも通りテレビがついていました
いつもの番組いつものコーナーをしている、そう思ったのですが、その画面には防波堤を越え、車や家々を飲み込んでいく黒い流動体が映っていました
津波でした
それを見た瞬間、衝撃しかありませんでした
次の日のニュースでは被災地の何とも無惨な街が見られました
たったひとつ起こった地震によって起こった津波が巻き起こしたあの姿を忘れることはありません

近年、僕が住んでいる大阪府などでは南海トラフによる巨大地震が想定されています
早いうちに対策をしておかなければいけないと改めて感じさせられました

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教えて‼

なんかいい音楽アプリを教えて下さい

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3.11

私は3月11日は今住んでいる福岡県ではなく、埼玉県に住んでいました。
この地震が起きた時はまだ私は学校で授業を受けていました。避難訓練を行っていたので、その通りに従いグラウンドの外に出ました。そしたらグラウンドの外には地割れがあり、、とても恐怖を覚えました。
最初は地震だ、って気づきませんでした...。ですが徐々に強くなるにつれて、地震だって気づきました。

家に帰って、テレビには家や車などが流されている映像が流れていました。

私はこの日を忘れることはありません。
一昨日もしっかりと黙祷をささげました。生きたくても生きれなかった人の分まで、私は生きていこうと思います。
私はこれからたまにSOLを聴こうと思います。
これからもよろしくお願いします。

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3.11

テレビ越しで現状を知ったとはいえ、その悲惨さを痛感した7年前


私たちはこれからも復興を願って現地を応援し続けなければならない