世界にはいろんな人がいるから、正常な人がいれば、障害持ちの人もいる。でも、どの人も1日1日を一生懸命生きてるから、笑ったり、バカにしたり、いじめたりしちゃいけないって小中学生の自分に言いたい。
あの時、バカにして、周りに合わせていじめてしまって、本当にごめんなさい。
さぁさぁ、本日、発表がありましたが、
アトレティコ・マドリードを退団したフェルナンド・トーレスがJリーグのサガン鳥栖に電撃移籍しました!!!!!
Jリーグが最初、誤報のように記事を先出ししてしまい、移籍してくるのかと、騒がせましたが、
後に交渉は破談したというような報道がされたためサガン鳥栖への移籍はないと思われていましたが!! 本日、現地にて行われたイベントで
ネクストクラブを発表すると本人が発表していたため注目がされていましたがなんと! 破談したと思われていたサガン鳥栖への移籍を発表したのです!!! トーレスは個人的にめっちゃ好きな選手です!!!神の子と呼ばれていたほどの素晴らしい選手です!!ですが、FWで年齢も年齢でサッカー選手としては次がラストクラブでそこでの引退を考えるのが一般的ですのでサガン鳥栖での引退を考えるのかと思うと本当に素晴らしいと思います!イニエスタに続きリーガからの選手です!
いや〜めっちゃ好きなんだよな〜!!笑
めっちゃ観てーよ!!!! あー!!!笑
サガンのファンじゃないんだけどね〜!笑
個人的にトーレスが好きなんで!!笑
まぁ、何がともあれ!
フェルナンド・トーレス ようこそ日本へ!!
最近色んなことしたくて週末予定入れまくって全然教習所行けなかったりお金ガンガン使っちゃったり馬鹿なことをしてるけどやりたいことやってるだけだからもういいかなって思ったりもする。
せっかく大学生になってできることが増えたんだからやりまくればいい。単位落とさない程度に笑。
発達障害とかどこか問題があるわけじゃなくても、過去の記憶が自分のどこか奥の方で邪魔をしてできないこともある。
話すことが苦手。
思ったことや話したいことは喉で止まって苦しくなる。
ふっ っと吐き出せない。
黙りこんじゃう。
話さなきゃ。言わなきゃ。声出さなきゃ。
できない。
何回も変わろうとしても変われない。
変わりたい。
そんな人いっぱいいると思ってる。
僕は、強迫障害かもしれません。
中1くらいから異様に手の汚れを気にしたり、自分の眼鏡が左右非対称だと眼鏡に怒りを覚えます
それを親に相談しても、勉強とかのストレスによる甘えだ、と全然話を聞いてくれません。
親がダメなら友達も先生も相談に乗ってくれないと思い、ずっと耐えて
小学校の頃から
全然喋らなくて、笑ったりもしなくて、声がとても小さい子がいました、詳しくはわからなかったけど障害のようで、ほとんど別のクラスにいました。
だけどなんか私はその子が気になって、小学校の頃から仲良くしようと努力しました。それで結構話すようになりました。
中学でも3年間同じクラスでした。しかし、小学校の頃に比べて、確実に声が大きくなって、表情も少しだけど豊かになったのがわかりました。
成長してるのがわかって自分のことのようにしみじみと嬉しかったです。(何様だよって感じですが…)
自分に少しでも心を開いてくれてたのかなって思うと嬉しいです。
でも、最後の方少し疎遠になってしまってたので、またどこかで会えるといいな。って思ってます。
私は先天性の病気で、片目がほぼ見えません。見えているほうの目も、人並より視力は低い。遠くも見えなければ、手元の細かいものも見えなくて。辞書とか、細かい文字を見るのはルーペが必須。学校でも、座席は絶対に最前列、そうじゃないと黒板が見えない。それでも普通に生活できるくらいの視力はあるから、周囲からは「老眼だ老眼だ」と言われて中学時代にいじめを受けて、しんどい時期がありました。ずっと眼鏡をかけて生活もしているものの、矯正をかけたところで視力が飛躍的に上がるわけじゃなくて。よく「コンタクトにしたらいいじゃん」「レーシック手術したらいいじゃん」と言われたりして。そんなことで改善したらとっくにやってるし、それができないから困ってる。一番困る質問は「見えないって、どんな感じ?」私は生まれつきこの見え方だから、健常者の見え方がわからない。だからむしろ「見えるって、どんな感じ?」って言いたくなっちゃう。高校や大学、今の会社の皆さんは私の障害のことをある程度わかってくれて、ハンディキャップのことをそんなにいろいろ言わず、必要な時にサポートしてくれる、それは本当にありがたい。一番悩んだのは、学生時代に障害者手帳を取得したこと。当時、研究室の先生に「就職に不利になるからやめたら?」と言われたのだけれど、私からすれば、就職してから「実は私、視覚障害者です」となると、互いに不幸な気がして。だから最初から障害者手帳を取得して、私は障害者ですと、さらけ出すことにした。勇気はいったけれど、ぱっと見健常者の私にとって、ハンディキャップを証明するには障害者手帳が必要だったから。正直、わかってもらうためには勇気が必要だし、とんでもないリスクは伴う。中学時代はいじめをうけたけれど、高校・大学・社会人は周りに恵まれて、理解をしてくれた。実は気づかないところで、いろんな状況にある人がいることを気づいてほしいです。
発音障害、いわゆる吃音持ちの高校生です
症状が酷い時と調子がいい時など様々です
でも、校長と教頭のラジオ聞いて頑張ってます!
こちらのタイトル、けやき坂46の1stアルバム「走り出す瞬間」のリード曲である期待していない自分です。
自分は何をやっても上手くいかないから期待しないで何か、チャンスを待っているという歌詞の意味だと思います。
今、自分もそのチャンスを待ってます。
そのチャンスはいつになったらくるのか。
あ〜、待ち遠しく感じる。
僕は発達障害持ちですが、最近はとある学校に通っていて、勉強も分かりやすくなったし、自分に自信が持てるようになりました
小・中学生のときは、発達障害で悩んだり、言い訳したり色々酷かったのですが、最近はそんなことはなくなりました
発達障害は治らないし、目に見える障害じゃないから大変で、親たちが気づかなければ、「やる気がないだけ」と言われてしまう、発達障害というのはある意味恐ろしいです
文章酷いですすいません
今日の放送の通知が来てとてもびっくりしました!
志乃ちゃんのマンガの原作者がゲストなんて驚きでした! 僕も吃音の難発持ちで話せない時はほんとにダメになるんですが失敗しても前を向いて頑張ってます!
自分は、学年推進委員という委員を中学一年の時にやってて、その時に全校生徒の前で話さなきゃいけないことを生徒総会の直前に言われてアドリブで台本も無いという状況で舞台の上で話しました。
すごい声が震えちゃってたし、緊張しすぎて頭が真っ白になった。
中学の三年間、人前で話すと体調を崩してしまったりとか舞台上で話せなくなった。
今は、そんなに酷くなくなったけど、ちょっと怖い。
実際、小さいころから吃音の症状がひどい状況でした。
とんでもなくもどかしくて恥ずかしくて、親にしかその悩みを打ち明けられませんでした。
しかし、中学生になったころ、SOLをはじめとするラジオを聴き始めてから、パーソナリティのひとにすごく憧れを持ちました。それからというもの、パーソナリティの人たちの「しゃべり方」を真似して普段のしゃべりに使ってみました。
すると、少しずつちゃんと話せるようになりました。いまでは、大学の大きな行動でも堂々と話せるようになりました!
特にマネしていたのはとーやま校長です。笑
口癖は無意識のうちにうつっていて、いまでもその話し方です!
いま悩んでいる人はもし自分に合えばやってみてください!
『僕らはもう一人じゃない』
東日本大震災も熊本地震もそうだった。
日本は広い。けれど日本人としての心はひとつ。日本各地からたくさんの支援が届いた。
日本は小さい。世界から見ると小さい国。この国のためにどれだけたくさんの国が働きかけてくれたか。世界のどこの国に暮らしていても同じ人間。規模は違えど互いに助け合いましょう!
あらすじ聴いてクラスのあいつに当てはめてみたけど、もしかしていじめてたのかな…?今まで平然と陰口叩いてた俺って最悪だな…。
10代ではないけど久しぶりに帰ってきてしまった。原点であり終点だったschool of lock,
今回の話題を聞いて心が痛くなりました。
私は高校に入ってから精神的に参ることがおおくあり、保健室に通うことが多かった。
ある日先生から「精神科にかよってみたら?」って言われてなんとなく通っていたけど周りから見たら一目置かれる存在になっていて辛かった。
友達から「いつまで薬に頼って生きていくの?」何気ない一言だけど辛くて学校に行けなくなったことがありました。
今学生の皆さん
何気ない一言が誰かを傷つけていること気付いてください。
そして傷ついた人を助けてあげてください。
私は未だに傷ついたまま引きずっています。
やっぱりそう思う。今やっている活動中も思う。発語のない子どももいるんだけど、その子もちゃんと関わればはい・いいえとか選択もできるし。重度心身障害児・者もちゃんと関われば意思は見えてくる。意思を持たない人間なんていない。
しのちゃんの漫画うちの学校ありますよ
校長の意見が分かります
すごくいいお話❤
1回読んで見たほうがいいと思います
僕は医療系の大学に通っていてとある授業でADHD注意欠陥・多動性障害の項目の授業を受けました。
僕は元々忘れっぽくて空気が読めないことがたまにありました さらに別の授業でADHDのアンケート検査みたいなものを受けた時疑いがあるという項目にいくつかチェックがつきました。まだ検診したり特に必要ないと思って受けてません受ける気もありません。 今までそれでも特に不自由なく生活出来ていたのでいきなりそんな障害かもしれないなんてことを知ったことで不安になりました