あの東北を襲った大地震から9年
今日はこんなお話をしたいと思います
皆さん、「save Japan」というものを知っていますか?
これは僕の大好きなモータースポーツ界が中心を中心にした震災復興支援金を集めている団体です
レーシングドライバーの方だけでなく、野球選手や企業等もこちらの支援に参加しています
設立した脇坂寿一さんという方は自分達には何かできることはないかと考えこのようなプロジェクトを始めたそうです
一人の力は微力だけど、みんなで集まるとすごく大きなパワーになります
これからも僕は東北の皆さんの復興を願い、何か支えることができたらいいなと思います!
がんばろう東北!がんばろうニッポン!
震災のニュースで出てくる津波の映像って別の国で起きてることのように感じます、信じられない映像に毎回心を痛めています。
9年前小1だったから朧気にしか覚えてないけどテレビで見た映像にとても衝撃を受けました。記憶の風化が進んでいるけど絶対に忘れてはいけないと思います。
今は入試が終わってほっとしているけどコロナの影響力を日々痛いほど感じています。明後日は卒業式です。規模は縮小しますが出来るだけ幸せだなと思いました。
新型コロナウイルスの影響もあって春休みが長くなって大変失礼ですが今日が3/11日であることを忘れていました。1年、2年前まではもう少しで3/11だなと意識するものでしたが自分が時間がたつにつれ忘れていくことが悲しくなったり、時間という怪物は恐ろしいなと思いました。9年前に自分は福島の祖母の家に行って震災があった直後の惨状を見ました。家があった場所は地盤だけが残り、家自体が畑に転がっていたり、漁船が防波堤に上がっているのが放置されていたりまさに地獄のようでした。
2020年になった今ではこの震災を知らない子供もいるとニュースでやっているのを見てもうそんな世代がいるのか…そう思いました。震災をちょうど知っていて若い世代である自分たちにできることはやはりその悲劇を忘れず次の知らない世代につなげることだと思います。
【自分たちには使命が与えられている、これからもそれを忘れず生きていく。】
それを気付かせてくれた今年の3/11でした。
私は本日3月11日、受験でした。
昨日のアドバイスのもと頑張りました。
受かったかどうかは分からないけど
受かっていて欲しいと願う今日この頃。
その後にテレビで東日本大震災を真面目に見て
南海トラフ地震によって
これよりも酷いことになるかも知れないと
身にしみて実感して
今を大切に生きることが大事なんだと
気付かされた。
頑張ろう!! 震災なんかに負けてたまるか!!
私は4月から医療機関の事務で働く予定で、いわゆる“未来の鍵を見つける”事ができました。しかし、連日の報道の通り、新型コロナウイルスの流行で医療機関は混沌としており、これから入る新人の身としても非常に不安に思っています。今は、しっかりとニュースを見て、正確な情報に基づいて予防を意識している所です。そして、まだまだ新米ですが、医療福祉人としても、今回のような事態に対して、医療機関はどうすべきかということも考えていきたいと思います。
今日久しぶりに家を出てサッカーをしました。1時間くらい青空の下無心にボールを蹴りました。僕にとって何気ない1日でした。9年前のこの日も僕のようにボールを蹴っている人がいて、何気ない1日を過ごしている人が大勢いたと思います。こんな何気ない日が一生続けばいいなと思っていたと思います。でもその何気ない日はどこで終わりを迎えるかわかりません。このことを毎年確認するために僕は毎年この日はボールを蹴ろうと決意しました。毎年毎年この日常があたりまえではないことを再確認するために。
3月11日を未来に伝えていくために。。
9年前の今日、私たちは今までに感じたことのない恐怖に
襲われました。
そして、今もなおその影響を受け続けている方々が
たくさんいます。
復興しているように見えて、実はそんなことないんです。
今日、黙祷のときに虹がかかったという話を聞きました。
悲しむ顔ではなく、笑顔を見せてほしいと言われている
ような気がしました。
思うことは人それぞれです。
前を向いて進む決心をした人。
その悲しみから抜け出せていない人。
未だに帰りを待っている人。
私たちに出来ることは何か。
日々考えながら生活してほしいです。
9年前の東日本大震災によって亡くなられた方々の
ご冥福をお祈りするとともに、一刻も早く被災地が復興
することを願います。
3.11を忘れない。
当たり前がつまらないと思っていたが、今回のコロナで当たり前の生活が何よりも幸せだと思った。早く世界中が当たり前の生活に戻れるように。
僕は9年前の今日は、小学一年生でした。当時は学級閉鎖だったので、学童で過ごしていました。14時46分、突然大きな揺れが起こって、しばらく続きました。その頃僕は、『地震』というものが何か全く分かっていなくて、学童員の方に早く机の下に隠れなさいと言われて、よく分からずも身を隠していました。地震が止むとすぐに外の駐車場に避難しました。震災当日、他の学年は授業があったので、帰りの会の途中でした。1時間ほどすると学校の坂から学童へ向けて多くの生徒が先生に連れられながら、降りてきました。中には泣いている人もいて、少しずつ地震の怖さを感じていました。家に帰るとテレビで津波到達のニュースを見て、とてもショックを受けました。車や船が町中に流されているのを見ると涙がでてきました。あの日の事ははっきりと覚えています。今日は、コロナウイルスの関係で家にいたけど、14時46分に黙祷をしました。震災で家族や友達を失った人もいると思います。いつ地震が起こるか分からないので、地震に備えようと思います。
今日、ふと外を見ると星が見えました。久しぶりに星をじっくりと眺めてみました。9年前のあの日、3月なのに雪がふり、夜は星がものすごくきれいに輝いていたんだそうです。当時私は3歳。でも、なんとなく覚えているんです。周りの大人が、ものすごく不安そうに遠くを見つめている姿を。あの災害が奪った命の分、私たち東北の人々や、日本中、世界のありとあらゆる人々が、努力して復興を目指してきました。それでもまだ苦しんでいる人がいます。私にできることは、このことを忘れないこと、そして、次の世代へと残して行くこと。そう考えています。
いつか、全ての人に幸せが訪れてほしいです。
コロナで学校休校して、めっちゃ暇なのに退任とはどういうことですか!?
ラジオが救いなんですよ!!
退任しても毎日来てください笑とーやま校長の声が聞きたいです!
ずっと面白くて笑える話をしててください〜泣
私の校長はとーやま校長しかいないです
この気持ち伝われ!!
センバツも中止ですか。たぶん今年一年終わりそうもないので、2020年はコロナのおかげでなにもない年になりそうやな…どうもホモサです。
今日は姉貴の家にあ母ちゃんと一緒に遊びにいってました。久しぶりに楽しかったです。ほんとに笑い転げました。姪っ子もいつも通りかわいかったし、今日はボールで一緒に遊んで最高の笑顔も見れて楽しかった。久しぶりに外歩いたおかげで夕方眠くて寝てもうたけど笑笑。
今日はウルトラマン見るつもりでいたけど、急な予定変更により見れなかった。明日昼飯食べながら見よう。
今日の一言。ウルトラマンは見損ねた
3.11を教訓に備えなければいけないし、未来に繋げていかなければならない
東日本大震災によって被害をうけたり、心を痛めた全ての人の少しでも元気になって欲しい!!!!!!
頑張れ!
昨日、目の手術をしました。
初めての手術だし、全部見えるので、怖くて怖くて怖かったです。
退院した今も、まだ違和感があります。
正直もう二度と受けたくありません。
でも、もうこの先の人生でこれ以上に辛い経験はないと本気で感じるくらいに(多分)強くなりました。
こうして前向きに考えれば、しんどいことがあっても、明るく生きていけるのかもしれないと思った今日この頃です。
携帯禁欲生活、終了!
パソコンとかから掲示板見てたことは見てたけど、書き込めんかったから久しぶりに書いてまーす
特に話はありませーん
それじゃ!
僕は、東日本大震災が起きた時の記憶は、まったくありません。けど、年を重ねていくにつれて東日本で何が起こったのかということを理解しました。そして、一昨年に起こった大阪北部地震で地震の本当の怖さを身を持って体験しました。大阪北部地震を経験して、東日本大震災はこの何倍も想像できないぐらい大変で辛いんだと思いました。東北の生徒の皆さん、東日本大震災を経験していない僕ができることは少ないですが、一刻も早く復興してほしい気持ちでいっぱいです。これからも"一緒に"頑張りましょう!!
3.11
東日本大震災から9年の月日が経った。
言葉にすれば、あまりにも薄っぺらい感じになってしまう。テレビなどであの記憶を忘れてはいけないと言うけれど、被災した人たちからすればそんな一言でまとめていいのだろうかと思ってしまう。あの日、東北で被災した人たちにしかわからない恐怖などから感じる絶望感は被災した場所にいなかった僕らには到底計り知れるものではない。確かに過去からしか学ぶことはできない。だが、あの日から何か変わったのだろうか。未だに9年前に住んでいた場所に住めない人もいる、見つかっていない人だっている。本来ならば、地震が多い国である日本はこういった震災が起きた日だけ特集を組んで向き合うのではなく、日々向き合い続けなければならないと思う。日々、様々なニュースがテレビなどで知らされる。確かに毎日新しい事件が起き、それを伝えるのがニュースだから仕方がないことかも知れないがあまりにも熱の入れ方が一極集中過ぎでは無いかとニュースを見聞きするたび思う。僕の意見ではあるが、他人のスキャンダルなんかこういったことの方がよりよっぽど重要だと思う。この日を境に見つめ直すべきさえ思う。天災と日本、切っても切れない関係がある。そう言った僕も実際に鳥取県西部地震という地震の中で生まれてきた。やはり、地震とどう向き合うのか10代の僕らが改めて考え直さないといけないきっかけにしなければいけない日だと感じる一日がこの日なのだと思う。
今日公開されたGENERATIONSの新曲のMV見ましたか?ネットで買ったスマホがまだ届かなくて、不機嫌だったわたしでも、テンションが上がる位かっこいい曲です‼
聞いてなければ、今すぐにでも聞いてほしいです!
自分がいた所は揺れてなかったので、テレビの映像で大変なことが起こっていることを知りました。
その時は、これが日本で起こったことだということが信じられませんでした。
年が経つにつれ、そのことを自覚していき、つらい気持ちになります。
今日まで生きてこれて良かったと思います。
9年前は1年生で午前授業で、幼なじみの家にいた。幼なじみが弁当箱を洗おうとしたら、すごく揺れて怖かった…
電気、水、ガス全部止まって大変だったのを覚えてる。自衛隊が水を持ってきてくれて、行列が出来てた気がする。
今もなお避難生活を余儀なくされている方が早く元の生活が出来ますように…
今日受験だったのですが、数学の問題で大輔という男の子が出てきました。Aくんじゃなくて少し驚きました。それと同時に頭に校長の顔が浮かんできました。問題ではなくSOLの事が気になってしまいました。その後家に帰って気付いたらSOLのホームページ見てました。