中1の時から大好きだった歴史の非常勤の先生に、中2の最後の方に親友たちと数回質問に行ってたのですが非常勤ということもあり、コロナで突然ちゃんと挨拶もできないまま離任しました。もし休校とかにならないでいつも通り会えたら試験前の最後の質問の日にちゃんと挨拶できただろうし、突然の離任でも親友に会って悲しみを共有したり受け止めてもらえたと思います。
でも、コロナで突然学校がなくなり、学校が再開してもソーシャディスタンスで近づけないので悲しみの行き場所がないです。
歴史のエピソードのほとんどはその先生から教わったこともあり、いまだに歴史のエピソードを思い出したりした、ちょっとした時にその先生にもう一生会えないかと思い悲しくなって1人でこっそり泣いたりしてます。弟にもう忘れなよ、と言われるけど忘れられるわけがない....。
私はこの休校で親友の大切さと日常のありがたさを学んだし、実感しました。
私がステイホームの中で学んだ事は、学校に行けることのありがたさと当たり前は当たり前じゃやっぱりないということです。私の学校は始業式前日に緊急事態宣言が発令され始業式が行えず、約2ヶ月半登校していません。その中で私は悩むことがありました。普段から人に相談することが苦手な私は、友達に連絡して相談する事は到底できずどんどんネガティブになってしまいました。私が今まで何となく自己解決できてきていたのって、直接友達に相談しなくても会話したりふざけてる中で、アドバイスをもらっていたり気にしなくなっていたからこそだったんだなと思いました。2月末には友人関係で悩み、学校に行きたくなくて泣きそうな私でしたが、休校延長が発表された4月30日は学校に行きたくて3日間くらい泣きました。今回の学びから私はもう学校行きたくないって言わないって決意しました。行きたくないって思えるのも、学校に行けてるからこそだと思えたからです。そして、コロナが治まって大人になれて孫ができたりした時に孫が「学校行きたくない」って言ったら「おばあちゃんはね、大変だったんだよ」と寄り添いながらこの経験を話してあげたいです。笑二つ目は、当たり前はやっぱり当たり前じゃないと言う事です。自粛に入る前、私達は当たり前のように学校に行って、当たり前のように外出をして、当たり前のように隣りを歩き、会話をしていました。でも休校や外出自粛、ソーシャルディスタンスにより、それは当たり前ではないと気づきました。生活に変化が起きないと、今までできていたことがどれだけ貴重なことだったのか気づけないことは悲しいことです。しかし、今回改めて気づけたことを活かして、今この一瞬一瞬を大切にしたいと思います。6月2日登校日だけど、嬉しくて泣いちゃうかもしれない!!!笑
時間は限られてるということ。
1日なにもしてなくても時間は過ぎていって気づいたら夕方、夜になる生活をしていました。
だけどそれじゃもったいなさ過ぎる!と気づいてなにもしてなくても時間は過ぎるならなにか始めた方がいい!って思い運動のルーティーンを作りました!そしたら3キロ痩せました!笑笑
片想いしてた子にこの外出自粛期間に振られました。
学校に行けば顔を合わす可能性が高かったけど、stayhomeで会っていません。
今恋をしている人にとってこのstayhomeは会えなくて辛いことだろうけど失恋したばかりの自分にとってはありがたい期間になりました
学校の大切さ、友達・クラスメートの大切さ、
バランスの良い食事の大切さ…。
色んな大切さに気づくことが出来ました!
ステイホームで時間が増えたからか、今まであまり考えることのなかった初恋の人を思い出す時間が増えました。初恋だから一番昔の好きな人なのに思い出が鮮明なのは何でだろう?初恋って大切だな、