震災のときはまだめっちゃ小さかったけど、少し記憶があります。
お昼寝の途中か後にトイレに行きたくなって、廊下をてくてく歩いてたら、突然床が揺れました。
相当怖かったのか、先生の腰にしがみつきながら大泣きしてました。
その日はたまたま親の都合がよく、すぐ迎えに来てくれたそうです。
でも、あの日、親の都合が悪いところに津波とかがきてたらって思うと、本当にぞっとします。
亡くなった方々のためにも、この命を精一杯生きようと思います。
あの日あの時を
風化させない
それができるのは、私たち10代なんじゃないかな
これから20年、30年、50年もしたら、原発も廃炉が完了して、復興は無事、できたなんて状況がみえるけど、どんなになっても、みんなで受け継いでいこう
私は小2で妹は幼稚園だったなあ。私の家は埼玉で、被害も全然なかったけど、地震の後ひとりでトイレ行くのも怖かったから、東北の子達はもっともっと怖かっただろうし、何で私が?って思うこともたくさんあっただろうし、癒えない傷も負っただろう。今になってやっとそう思えるようになった。
自然はどうにもできないけど、被害はおさえられるように、そして後悔のない日々を過ごせるようにしよう。
僕が中学生の頃、僕が通っていた中学校では地元で作っているお菓子を詰め合わせて陸前高田市に送ったり、陸前高田市の特産品をとあるイベントで販売したりして交流をしていました。
今でも交流は続いていると思います。
この深い関係性が長く続けば良いなと思います。