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3.11

保育園、小学校、中学校で毎年震災について話を聞いたり映像を見たりしてきました。
地震が起こって終わりなのではなく、地震が起こったせいで始まり長く続いていくものが数えきれないほどあるということを感じます。
15年経った今日も避難を続けている方や行方不明の方、癒えない傷を抱え続けている方がたくさんいらっしゃるのが事実です。
「もう15年」と感じる人も「まだ15年」と感じる人も、あの日はまだ幼かった人も生まれてなかった人も、経験しないと全ては分からないからこそ震災のことを知って思いを馳せるということが大事なんだと思います。
沢山の人が、1日でも早く、そして長く、心の底から笑える日を過ごせますように。

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3.11

今日の帰りの会で、14時46分ぴったりにみんなで黙祷しました。
当時震災が起こったときは、私はまだお母さんのお腹の中にいました。だから、東日本大震災が起こったときのことは記憶にはありません。
でも、これまで大人たちの話を聞いたり、ニュースで映像を見たりしてきたので、震災の、一瞬で町から何もかも奪っていってしまうあの恐ろしさは知っています。そんなこと一生起こってほしくない、と震災のことを見たり聞いたりするたびに思うのですが、自然というものは、そうはいきません。
だから、地震はいつか必ず来る、そのときに備えておかなければならないんだ、となるべく思うようにしています。
正直に言って、震災が自分の町に来る、というイメージは湧きません。でも、やっぱり震災を体験していない世代だからこそ、もっと震災のことを考え、次に繋げていかなければならないと思っています。

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3.11

私たち中学2年生からは、東日本大震災があった当時
生まれておらず、震災を知らない世代です。
ですが、今日も学校で追悼式があったり、東日本大震災について教えられる時間があったりと、そのたびに震災や津波の恐ろしさ、大変さを学び感じています。
私の両親は当時東北には住んでいなかったため、直接経験してはいないものの、ニュースで聞くだけでも怖かったそうです。
少しの地震の揺れでもびっくりして怖いのに、震度7の揺れなんて想像がつきません。
いつ起こるかわからないからこそ、普段からの備えや当時のことを知っておくことが大切だと思いました。
なので今日は、皆さんの話を聞いて学びたいです。

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当時の自分

東日本大震災が起こった当時、僕はまだ年少で4歳でした。僕はその頃、身体がまだ弱かったので病気かかってしまい、ようやく体調がよくなったので次の日から幼稚園に通えるときでした。
僕が住んでいるところは、地震の揺れと停電だけだったのですが、僕が住んでいる場所から少し離れた場所では、液状化現象などが起こってしまい被害があったと聞きました。
また、停電が直りテレビをつけると地震や津波などで家などが流されるニュースを見て、心が痛くなりました。
このニュースを見て、改めて今のうちから防災用グッズの見直しを行っていこうと思いました!
また、募金も初めていこうと思いました!!

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3.11

黙祷しました
私は東日本大震災のときは生まれてませんでした
東日本大震災の特集番組で、初めて津波が街をのみ込む映像をみました
だいたいニュースで流れるのは、津波が街を流れてる映像です
が、海から街をのみ込む、生々しく黒い津波をみました
すごくこわかった
あんなんに呑み込まれたら…と想像すると、すごく怖くて硬直しました
震災の遺族の方のインタビューをみるのもつらかった。でも知ることはとても大切だとも思いました
これからも震災の怖さを学んでいきます

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卒業

校長教頭
ついに明日が卒業式です。
今日最後の学年集会がありました。
今までみんなと出るのも苦しくて出ることができなかったけど、今日みんなと出ることができました。
先生からのメッセージ、歌、全てに感動してしまい、涙でいっぱいでした。
明日が卒業となるとさびしく、悲しいです…。
でもお世話になった先生にちゃんと感謝を伝えて、お別れしたいです。

午後からの卒業式で4人しか出ないらしいけど、同じクラスの同じ不登校だった子に初めて会えるので話しかけてみようかなと…。
卒アルも今日もらったので明日先生に寄せ書き書いてもらおうかな

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3歳

母に起こされ抱き抱えられたまま外に出て車のテレビを見た記憶があります。
その後IHは使えないのでカセットコンロを出し料理してもらったたまご丼を、机の真ん中に置いたランタンを囲んで食べました。

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伝えさせてください

自分が3/11について思ってることは東日本大震災を忘れてはいけないということです。自分が遭った中でトップクラスに強い揺れで1番怖かった地震でした。
当時は4歳で、保育園でお昼寝の時間でした。強く揺れてから先生たちが我々園児たちを無理やりでも起こして逃げるようにと焦っていたのを覚えています。逃げている途中は強くて長い揺れで、立つことが難しいくらい逃げにくくて、壁を伝って逃げていましたがすごく怖かったです。
東日本大震災について家族から聞くことは「家はハザードマップ的に地震に強い方だからなくなる可能性は低い」ということと「ライフラインが止まって、復旧するまでに時間がかかった。」ということです。
また、高校の友達や大学の友達から聞いたのは「親の命日が3/11」ということです。涙を流しながら詳しいことまで話してくれて、自分もとても胸が痛くなりましたが、当時4歳の友だちはとても気の毒だっただろうなと思います。

自分が高校生になるまでは3/11は自分が怖い思いをした日であり、この先いつ災害が起こるかわからないからライフラインが止まってもガス、電池、水を準備するという教訓のために忘れてはならない日だと思ってました。高校生になってからは友達の身内など多くの方々の命日であるということも思うようになりました。
自分は自然災害を完璧に防ぐのはできないと思っています。それなら被害が最小限になるように考えていきたいと思っています。そして今年、防災士という資格を取ろうと考えています。
東北の皆さんこれからも底力見せましょうね!!

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東日本大震災から15年        ~東北に住んでいる君と家族の話~

3月11日(水)の授業テーマは
「東日本大震災から15年
 ~東北に住んでいる君と家族の話~」

3月11日。
東日本大震災から15年になります。

今、東北に住んでいる10 代の君は、
3月11日をどんな思いで過ごしているのかな?

2011年のあの日、
まだ小さくて正直、記憶がない…
という生徒もいるだろうし
もしかしたら、まだ生まれていなかった。
そんな生徒もいるよね。

今、東北に住んでいる君が、
3月11日について思っていること。
そして、家族から聞いてきた話を教えてほしい。

震災を経験した
20代、30代の生徒からも書き込み待ってます。

★SCHOOL OF LOCK!★