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近くて遠い背中に爪を立てる

「今年も織姫ちゃんは素敵だった」

開口一番にそんなことを抜かしながら、目元も口元も緩みきった彼が帰ってきた。浮かれる彼の声に叩き起こされた哀れな私は、「そう」とだけ返して煙草をくわえる。ポケットの中からライターをつまみ出そうとしたところで、ようやく自分が素っ裸であることを思い出した。

「俺が帰ってくるまで、ずっとそんな格好でいたわけ」

「天の川に橋がかかるまで、もうしばらくあるから」と、昨日の夕方になるだろうか、私をこんな格好にした張本人は笑う。大河を挟んで遠距離恋愛中の恋人との、年に一度の逢瀬―――そのギリギリまで他の女を抱くような男のそれとは思えないほど、無邪気な笑顔だった。

「別に良いでしょう、放っておいて」
「別に良いけど、放ってはおけない」

私の唇から煙草を引っこ抜き、代わりに己の舌をぬるりと差し込んでくる彼に答えながら、ぼんやり思う。こいつの大好きな織姫ちゃんとやらも、どこの誰とも知れないような男と、私達と同じようなことをしているんだろうなあ。たった1日の純愛と、残り364日の不純愛。

彼の大きな掌が、私の体を再びシーツの海に沈める。昨日よりも少しだけ優しい手つきだった。三日月型の彼の瞳に見下ろされながら、その白い波に初めて身を委ねたのは、もういつのことになるだろう、そんなことすら思い出せないほど、熱に浮かされて、意識はあぶくに、ああ、もう、なんだかなあ。

「織姫ちゃんって、有名人に例えると誰に似てるの」
「綾波かアスカかで言うならアスカだわな」

超可愛いじゃん。なんだかなあ。

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無題

一目惚れってさ
結構好きじゃなかったりするんだよ
気づかないでいたいものだけどね

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銀色の銃弾

走れ 走れよ 全力で
追いつけなくなるその前に
ヒトリに成る前に 前に 前に
昨日の僕の書いた幸福論を破り捨て
お前の力だけでこの世界を変えてみろよ
ヴァンパイアは銀色の銃弾で倒せるだなんて
魔除けにすがるように伝説を作り上げた先人達に
反旗を翻してみろよ ほら 反旗を掲げろよその手で
お前の世界はお前だけのもの 誰が干渉できるわけもなく
さぁもうお前一人だ すがるものも守るものもお前以外にない
銀の銃弾はひしゃげて消えた 何を撃ち抜けることも二度とないな
お前が生きる意味はなんだ? お前が戦う意味はなんだ? さぁ答えろ
お前の存在意義はどこにある? お前の敵はどこにいる? さぁ教えてやれ

僕の この信念を

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七月時雨 #6

ユーリは記憶の奔流に呑まれそうになるのを感じながらヴァレットに向かって叫びました
「僕は何も犯してない!!!君は、いや、君こそ……」
ヴァレットはほんの少し、顔を歪めました
そして
「そうか」
ぽつりと
ヴァレットの呟きは意外なほど響きわたって、ユーリの叫びを掻き消したのでした
「じゃあ、今もか?」
その問いは、全てを酌んだ問いだったのです

ユーリは絡み合い濁流と化していた記憶が、一筋の糸になったかのように―
全てを、わかったのです
ヴァレットは、3年もの間消息を絶っていました
その原因も、
彼が変わらぬ姿でここにいるわけも、
自分が失っていた何かさえ……わかってしまったのでした

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会話

「人が吐くのは皮肉ばっかだな」
「そうよ、だって骨の無い人ばかりだもの」

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君がいること

普段は絶対に会えない君に

会えると嬉しくて
話すと緊張して
何にも伝えられなくて
悲しくて

それでも私が君を想うのは
世界の色が変わるのは

きっと君がいるからなんだ

1

無題

触れた唇の柔らかさ
絡めた指先のカサつき
擦り寄った首筋の香り

知ってしまった何もかも
本当は貴方に教えて欲しかった

土曜の朝の気怠さ
腕枕の居心地の悪さ
掠れた挨拶の気恥ずかしさ

知ってしまった何もかも
本当は貴方に教えて欲しかった

2

初めまして、愛してる

唇を奪うやわらかな熱気が
どうかきみのものでありますように
ひどく蒸し暑い縁日の
はかない夢などでありませんように

へたくそに下駄を鳴らしながら
150年前のきみもここに来た
ひらひらと揺れる紅色綿絽を
尾びれみたいだって笑ったの

底床にちらつくまばゆい影
水面をなぜる生温い爪
薄く延ばした命だとしても
そばで呼吸していたかった

ずっと知っていたんだよ
きみがぼくを掬ってくれたこと
ぼくはきみを救えなかったこと
150年後にまたここで出会うこと

0

それだけでなにもいらない。

息継ぎもしないで、無くしたものを拾い集める。
隅々を見るけど、見つからないものも多くて。
さまよう中で壊れていった完全なものを治す日々を、どうか恐れずに歩いていってほしい。
それだけが私の唯一の願い。
あなたに出会えた日から、確かに見えたものがある。
笑ってここにいてほしい、他にはなんにもいらない。
凍える夜は、寄り添うから。