世界が幻ならどうする?と星が呟く。
どこまでが幻でどこからが現実なのかわからないと僕は呟く。全部幻なんじゃね?と彼は呟く。幻とかありえるの?と彼女は呟く。人それぞれ。幻を前提とした時点で自分は存在してない。違う?でもわからない。人それぞれだから。
酒の空き缶と煙草の空き箱の散らばった、空っぽ検定1級相当、僕の部屋。深く眠っていたはずだった。時刻は午後11時35分。
今日と明日の境目、世界は終わる。
つまり突如観測されたとかいう小惑星が地球にぶつかるまで、残り30分足らず。目覚めなきゃ良かった。寝返りを打つと背中で何かを踏んだような気がした。どうせ彼女へ渡せなかった恋文もどき、だろう。
ま、どうでもいい。
*
「ライター貸して頂けます?」
一目惚れだった。
返事の1つもできないままその掌にライターを乗せると、彼女はありがとうと笑って、キスをするように煙草をくわえた。見慣れた喫煙所がまるで天界だ。
視線が絡んでいると苦しいのに、横顔を盗み見ているのはもっと苦しい。脳内へ浮かんでは消えを繰り返す、何の気休めにもならないあれこれが、牛乳と一緒にかき混ぜられているようだ。こんなカフェオレは飲みたくない。
「あの」
「はいっ」
背を伸ばすと、彼女はまた笑う。僕が彼女へそうしたように、彼女は僕の掌へそっとライターを乗せた。助かりました、って。何だか堪らなくなって、ポケットへ入れっぱなしだったレシートを引っ張り出し、ペンを走らせた。人生一熱を込めて記す連絡先。
が、最後のpの字を書き始めたところで、彼女は喫煙所の外へ向かって「はぁい」と返事をした。どうやら誰かに呼ばれたらしい。
私もう行かないと。あっさり向けられた背中。ちょっと待って。僕はペンを投げ出し、彼女の左手を握った。
あとは察してほしい。僕がライターを乗せたのは彼女の右掌。彼女が僕の掌へライターを乗せたのも右手。彼女の左掌なんて、左手なんて、知らなかったのだ。
―――薬指に、何が光っているのかも。
彼女とは、それきり。
*
生まれてすぐに死んだ恋だった。
pの成り損ないが目立つそれを背中に感じながら、考える。彼女と彼女の男は、今日をどのように過ごしたのだろう。弁当なんかを持って、海岸へでも行ったのだろうか。
ま、どうでもいい。
僕は足の指でピンク色の円盤をたぐり寄せる。「エロいお姉さんはお好き?」。イエス。時刻は午後11時40分。世界が終わるまであと20分。1回くらいは気持ち良くなれるだろうか。君が好きだと、呟けるだろうか。
こうやって誰もいないリビングでスマホをいじるだけの幸せ。
この幸せはきっと低いところにあって、誰でも手が届く。
そんな幸せを手に取った僕はきっとラッキーだ。
現実はそう甘くはない。
世の中は良いものではない。
しかし、それでもなお、より良くしようと思い、進むしかない。
立ち止まってる暇はない。
私の両目に恋が実りました
映るのは涙とちょっぴり甘い夏の味
心地よいそよ風にのってきたのは
切なくて寂しくて
溢れ出したら止まらない
私の涙
「私を幸せにしてください」
「ごめん、幸せに出来るかはわかんないけど
不幸せには絶対にしないしさせません」
アナタに惚れこむのに条件なんか要らない。
あ、違うひとつだけ条件があったよ。
それはアナタと出逢うこと。ただそれだけ。
「ここが宿屋さんだよ。」
凛に案内され、体を休める場所を見つけた。
鬼と人間は藤に任せ、別れた。どうなるのかはわからない。しかし、全てを知る必要もないと朔は思う。この短時間で、藤が信頼に値すると解っているから。たぶん、3人にはそれ相応の処罰があるのだろうが、藤のことだ。ちゃんと゛教育゛してくれるだろう。
「いらっしゃい!お、凛じゃねえか。」
「おじさん。こんにちは!
朔兄と蒼兄だよ‼」
宿主と凛は知り合いのようで、仲良さげに話す。
そこへ現れた少女を見るなり、凛は頬を赤く染めた。
「お前の望みを言え
どんな望みも叶えてやる」
「ほんとうですか?」
お前の望みを言え
そうですね……少し待ってください
お前の望みを言え
もうちょっと待ってください
お前の望みを言え
もうちょっと、もうちょっと待ってください
お前の望みを言え
……
お前の望みを言え
……
お前の望みを……早く言えよ!
いや、このまま言わなかったら
ずっと一緒にいてくれたりしないかなって
鳴ってないはずの、着信が聞こえる
気のせいだって、気のせいだって・・・・
なのに、何度も確認をしてしまう・・・
君からの電話を待っている
君の声が聴きたくて