文庫本から目を上げると、ポロシャツに乳首が浮き彫りになった中年男性が立っている。
「あなたは都会至上主義に陥ってしまっているようだ」
俺はアイスティーをひとくち飲んでからこたえる。
「じゃあ田舎に住んでいる若者の楽しみって何だ? ショッピングモール行って擬似都会を味わうことだ。結局都会が好きなんじゃないか。擬似じゃ真の満足は得られないよ。ささやかな幸せを守りたいだけ。新しいことを始める度胸がないだけなのに自己欺瞞して田舎が好きだと言っている。それが若者のあるべき姿なのか?」
「本当に好きなのかも」
「本当に好きだったらわざわざ田舎が好きなんて口に出して言わないね。心の底から楽しそうにしている奴なんて一人もいない。行動に移さずに愚痴ばかり。自己客観化ができないから笑いのセンスもない。人を馬鹿にした冷笑しか持たない。とにかく下らない連中だ」
俺は文庫本に目を戻した。
「あの清楚な感じの店員。有名私立大学の学生だ」
「知ってるよ」
俺は目を上げずに言った。
「初体験は十八。経験人数は三人。三人目の彼氏は弁護士志望」
「それが何だ」
「あなたを相手にする気はない」
「そんなのわからないだろ」
「わかるね。あなたは無職で、都会に住んでもいない」
田舎の市営住宅の一室。布団の中で、都会を夢見るだけの俺。
誰も見たことのない笑顔で私には笑いかけてね
優しい風が吹いてパステルカラーの花びらが舞って
なんとなく手を繋いだ
駅構内をぶらぶら歩くうち、少し目が覚めてきた。歩くという運動が脳を刺激したのか、前方からやってきた清楚な感じのスタイルのいい女子高生が脳を刺激したのか。水色のブラウスを押し上げる丸いふくらみ。都会はいい。ぼんやり歩いていても何かがある。田舎は何もない。だいいち徒歩じゃどこにも行けない。ぼんやり車を運転していたら事故を起こす。田舎は人に優しくない。
コーヒーショップに入る。小銭と文庫本があれば冷房の効いた洒落たスペースでいくらでも過ごせる。
「いらっしゃいませ」
「アイスティー」
「お久しぶりですね」
「うん。暇でね」
「優雅ですね」
「よく言われる」
「人生の目標ってあるんですか?」
「あるよ」
「どんな」
「君とデートすること」
「壮大な目標ですね。お待たせしました。アイスティーです」
清楚な見た目で、気のきいた店員。昼と夜で、口紅を使い分ける。都会の。
少し離れたテーブルで、若い女性二人が、おっぱいくっつけ大作戦について語っている。おっぱいくっつけ大作戦って何だ。まあ察しはつく。窓の外。都会のぎらつく日差し。孤独で人生に目標のない人種がパチンコ店に吸い込まれてゆく。もうしばらくここにいよう。清楚で美人な店員の立ち居振る舞いを、ちらちら盗み見ながら。
寂しさ
それは
温もり
あなたがくれた
あなたの残り香
愛しくて
切なくて
君と生きた証拠を
捨てたくて
残したくて
あくびだか、泣いてるんだか…
区別のつかぬ鬱陶しさを身に纏っては
また私を訪ねるのね
あなたは言う
「自分を取り戻したくて。」
取られちゃいない 自ら失くしただけなのにね
なにしてるの
一言に尽きる
「泣かないでよ。私も悲しいよ。」
励ましという名のため息を吐くのさ
「笑ってよ。その方が可愛いよ。」
この時間が過ぎてほしくてついた嘘
あぁ可哀想に…
不思議と涙が流れないのは真剣に向き合っていなかったから
僕が僕であるための選択肢はない
プライドなんか捨ててしまえば手に入れられると思っていたのは昨日までの僕
あの花びらのように誰かがちぎらなければ舞うことが出来ないように
どこかの誰かが傷つけなければ涙を流すことはないのでしょう?
僕が吠えた心の叫びは黄砂に乗り
大口叩いた人のボンネットに覆いかぶさって
静かに立ち退くまでずっと睨みをきかせているのだろう