鳩が豆鉄砲を食らったような顔。
「は……?お嬢さまは恋をしたんですか?」
「もう、また質問に質問で返す。」
ぷうっと頬を膨らませる瑛瑠と、動揺を隠せないチャールズ。
「あの、お分かりかと思いますが、」
「私が自由に恋愛できないことくらいわかっています。」
私じゃなくて,と切り返す。
「何かっていうと、すごく気にかけてくれる人がいるの。最近、帰りは途中まで送ってくれる人。
一昨日、クラスの女の子にその彼と付き合っているのか聞かれて。私はこの生活をしたことがなくてわからないのだけれど、周りからはそんな風に見られているのかと思ってね。
もしも彼が想ってくれているなら、私のこの態度は思わせ振り?相手に失礼な態度だったのかな。そもそも、彼のこの態度はそういうことでいいの?自惚れであるならそうであってほしいのだけれど。」
一気に話す。
仮にも一国の姫。そして、パプリエールには存在を知るだけのフィアンセがいた。自由に恋愛をできるはずがないのは、幼いときから言い聞かせられてきたことでもある。だから、経験がない。
もしもチャールズにそのような経験があるのなら、望の行動の真意がわかるのではないか、そう思っての言葉だった。
一瞬、チャールズは目を光らせた。
貴方の理想に俺が近づくのは難しいと思う。だから、俺が、貴方の理想を俺に近づけるから、なんてね。そう簡単なもんじゃないよね。でも…
落ち込んでる?
ってそりゃそうだ
親友とあなたが付き合ったんだ
今の私は親友とも ぎくしゃくしてる
くそ、全部あんたのせいだ
嫌いになるなんて無理だけど
黒が混ざってきたよ、
懐かしい音がする
小鳥の囀りも聴こえる
それは一体何なのかな
覚えているのに思い出せない
約束してたのにな
ここに来ればわかると思ったのに
場所を間違えたか
迷ったか
行き先を決めていなかったからしょうがないね
「何か、悩みはありますか?」
この、ほぼ軟禁状態だった2日間、学校であったこと、調べたことを、細かいところまでチャールズに報告していた。瑛瑠だけでは意図を図りかねた他人の言動など。例を出すなら、鏑木先生の性格を加味した上でのあの発言だ。
たしか、それを教えてから、チャールズは外に出てはいけないという2日間命令を出したはずで。鏑木先生が瑛瑠を見て何か思ったのかと思いつつも、人の体調不良を予言できる人がいようか。
そんなわけで、瑛瑠の中では出し尽くした感があった。だからこそ、ここで可愛いげのない回答をすることも容易だったのだ。イニシエーションについて、共有者について、ヴァンパイアの彼について。しかしそれは、チャールズの厚意にそぐわないのを知っていた。
だから、大丈夫だよと言おうと思ったのだが、ぶつかったチャールズの視線にそんなことは許されなくて。
そうして沸き上がってきたひとつのこと。
「お嬢さま?」
「ねえ、チャールズ。」
姿勢を正す。
「チャールズは恋をしたことがある?」
ねじれて脱げた8の字を
ベッドの外に転がして
君が生命体となり、僕が生命体となる。
ねじれて抜けた8の字の
白に外れた僕のタガ
君は女を湿らせて僕は男を吐き散らす。
水がない。
いや、水を取られている。
周りの雑踏に。
汚れた猛獣に吸い取られている。
自身の繁栄のためならコピペもする。
自分を飾る。
そんな猛獣どもに水を取られていく。
おかげさまで地面が乾く。
その割に新しい水はこない。
世の中を生き延びて
その中で汚れた雑踏どもに
新芽に与える水だけは
汚されたくない。
もう新芽に与える水を汚すな。
夏は近いね。
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今の率直な思いを載せました。
思ったより作るのは楽しかったな。
ようはさ、自分を飾んなってことよ。
おい、先を生きてきた雑踏ども。
そろそろ選ばせてくれ。俺を縛んな。
これ以上汚されたくないんだ。
大人って、君が思ってるより「子供」なんじゃないかな。ただ、子供がおっきくなったのが「大人」なんだと思うけどね。
信号が赤に変わる寸前、トーストをくわえた女子高生が猛ダッシュしてきてわたしにぶつかった。後ろ向きに倒れ、起き上がると、混乱した様子のわたしの姿が見えた。わたしと女子高生の身体が、入れ替わってしまったのだ。
なんてことはなく、女子高生は友だち数名と合流して駅に向かった。トーストをくわえたりももちろんしていない。
こんな子どもだましの映画のようなくだらない妄想をしてしまうのはきっと暑さのせいだ、と、わたしは考え会社には行かず、一日寝て過ごすことにした。
こんな話は嘘だ。わたしは三日前から一歩も外に出ていない。
こんな話を書いてしまうのは、暑さのせいばかりではない。
この2日のふたりの、主にチャールズの合言葉は絶対安静。瑛瑠としては、ピークがその日の夜だっただけに、外へも出してもらえないのは多少のストレスでもあり。
過保護だと言う瑛瑠に対し、お嬢さまの身に何かあったら旦那さまに顔向けできませんと言うチャールズ。そもそも学校にいればどうもできないのにと言い返したくなったが、それは違う気がしたので口をつぐむしかなかった。
瑛瑠の頭痛の原因がわからないことを、どうやらチャールズは気に病んでいるようで。ただの疲れだよと言う瑛瑠の言葉を、最後まで良しとしなかった。逆に思い当たる節があるのかと言いたくなる。
この2日でほぼ治った瑛瑠は、休日最後の夜を過ごしていた。この日はダージリンティー。チャールズの気遣いが見てとれる。
「大丈夫ですか?」
「もう大丈夫。」
口をつけると、ふわっとベルガモットが香る。相変わらず美味しい紅茶を淹れるなと感心していると、チャールズが尋ねてきた。