忘れかけていたが、自分にとっての日常はこちらである。様々な色が飛び交っているあの時間ではなく、黒一色にちょっぴりの飾りが煌めいているこの時間。
久しぶりに見上げる見慣れた空。そのはずなのに、どうしてこうも特別輝いて見えるのだろう。
なんだかひどく独りを感じてしまう。決して太陽より暖かくはない月は、やはり暖かくはない。
今この瞬間、この景色は瑛瑠のものだ。
アルクトゥルス、スピカ、デネボラ。
呟きながら線で結ぶ、春の大三角。
ちょっとくらいならいいよね。
窓を開けると、寒いながらも昼には暖かさを運ぶ、確かな春の夜風が入る。
「夜って、どこまでが夜なのかしらね。」
ふと、夢を思い出す。
「……あなたが教えてくれるのかな、東雲さん…?」
空が東雲色に染まるまで、まだもう少し。
貴方がね
どんなに可愛い人と話していても
どんなに楽しそうに笑っていても
私はね
大丈夫としか言わないの
大丈夫としか言えないの
愛してるって伝えることはできるのに
愛してほしいって言葉は言えなかった
自分が人より劣ってるのは分かってる
自分には足りないものがあるのも知っている
それが何なのかが分からない
彼や彼女が教えてくれる答えは
必ず決まって「そんなものない」
白すぎて眩しいと感じてしまうほどに清廉な彼らは
周りが教える真実を疑わない
そこまで考えて絶望する
自分に無いものは社会に交じる能力だ
苦しい
助けを求める声も出せない。
悔しい
死ぬまで愛されることができなくて。
泣きたい
そんな些細なことすら許されず。
死にたい
願わなくても殺される。
生きたい
願ったって叶わない。
叶えたい
私の願いは1つも実らない。
この世に掃いて捨てるほど在るものも、この世に一つしかないものも、全てこの世界に必要な、大切なものなんだ、って今更気づいたよ。
一通り書き留め、チャールズと英人のふたりに向けた疑問をさらに書き出してみる。
とりあえず英人には、お礼を言ってから聞いてみよう。今日行けば終わりということだから、明日明後日は休日ということだ。そのどちらかで英人とは話せればいい。チャールズへは今日帰ってきてから、もしくは休日のどちらかでいい。ゆっくり話せなければ意味がないから。
ノートを閉じる。
カーディガンを羽織っているとはいえ、少し肌寒い。それでも、何故だか無性に月が見たくなって。
部屋の明かりを消し、カーテンを開く。チャールズに怒られそう,なんて、くすりと笑みを雫し、月を見つめる。だいぶ傾いてきていた。夜が明けるには、まだ時間があるけれど。
見上げる空には、星がいくつか見える。何のあてもなく見上げていた瑛瑠は、北斗七星に目を留める。柄の3点から線を伸ばす。その先に繋がる一際明るいその星は、うしかい座のアルクトゥルス。
じゃあ、その先は?
おとめ座のスピカ。
誰にともなく問いかけ、自分で答える。
春の大曲線。
今、こんな時間にこの星達を眺めている人が、一体どれくらいいるだろう。自然と微笑んでしまうくらいには贅沢なことをしている。瑛瑠はひとりそう思った。
いつも想像するんだ
君が隣にいることを
月末は特に
回ってきたあみだくじ
ペンが倒れた方に書く
いつも想像するんだ
何気ない時間が輝く日々を
月末は特に
貼り出された運命は
いつも君じゃない
どれだけ願っても
どれだけ信じても
君は掴めなくて
17分の1を求めるほど
君は遠ざかる
願えば願うほど
想いが募り
またペンが倒れる
ぼくの腰の痛みをきみが(ほんとうには)知らないみたいに、きみの胸の痛みをぼくは知ることがないまま。
こうして一つひとつの宇宙が重なり合わずに生きていくこと、ちょっとだけ触り合っては確かめている。シャボン玉の夏…
留守番電話とお留守番
2列目の前から3番目
今日はその席は空白で
1日みんなと距離があく
でも明日になればきっとそれは
一足飛びに追いつける
時間の差に仲の良さは
負けることを知らないのだ
彼女は言葉を放し飼い。
取りあう暇もなく
彼女は眠気を放し飼い。
眠る 眠る 机の上
もうしばらくで君は僕に
飽きてしまうかも
そんな時はこのギターで
また日常に戻るだけ
彼女は日々を放し飼い。
夢は日常になって
彼女は僕を放し飼い。
僕は彼女を放し飼う。
もうずっと一緒にいるけど
腰は曲がったし
声も細くなったな
日常になったな。
彼女は僕を放し飼い。
君の手を握って
彼女は眠気を放し飼い。
眠る 眠る 布団の上
眠る 眠る チューブだらけ。