「いやぁ、今回は本当にありがとうございました」
雪がちらつく中、屋敷の主人はグレートヒェンに頭を下げる。
「これで我々も領民も、安心して過ごせます…」
グレートヒェンは早く終わらないものかと屋敷の主人の長話を聞き流していた。
「流石は”緋い魔女”、我らには到底出来なかったことを…」
「ちょっと」
とうとう長い話に耐えられなくなったグレートヒェンは、思わず話を遮った。
「あ、はい?」
屋敷の主人はぽかんとした表情をする。
「”コイツ”、本当に貰って行っても良いのかしら?」
グレートヒェンは親指で背後にいるナツィを指し示した。
「え、えぇ、大丈夫ですけど」
そもそも貴女様が報酬に欲しいと言いましたし…と屋敷の主人は答える。
「むしろ、”アレ”は優秀な貴女様にお似合いだろうと思われます」
屋敷の主人にそう言われて、グレートヒェンは、お似合い、ね…と反芻する。
ちら、とナツィの方を見ると、ナツィは何だか恥ずかしそうにそっぽを向いた。
「まぁ良いわ」
グレートヒェンは屋敷の主人に向き直る。
「こちらこそ、色々とありがとう」
またどこかで会えると良いわね、とグレートヒェンは屋敷の主人に背を向けて歩き出そうとした。
だがすぐに足を止め、ナツィの方を見やった。
精霊は光の壁に体当たりして罠から脱出しようとする。
しかし光の壁はびくともしない。
唸りながら悪足掻きを続ける精霊を、グレートヒェンは見上げた。
「お前の負けよ!」
グレートヒェンがそう叫ぶと同時に、精霊の真上からナツィが飛び込んできた。
「はぁぁぁぁぁっ‼」
ナツィは思い切り黒鉄色の大鎌を振りかざす。
精霊は抵抗する間もなく両断され、光の粒子となって消滅していった。
勢いよく飛び込んだナツィは、そのまま雪原に突っ込んだ。
雪煙が立ち込める中、グレートヒェンは思わず駆け寄る。
ナツィは雪の中に突っ伏していた。
「…」
グレートヒェンに気付いたのか、ナツィはむくりと起き上がる。
「濡羽色の羽根」
グレートヒェンはぽつりと呟く。
「さながら悪魔、ね」
グレートヒェンがそう言うと、ナツィの背から羽根が消えた。
グレートヒェンはナツィの頭に付いた雪を手で払う。
ナツィは嫌そうな顔をしたが抵抗はしなかった。
「それにしてもよくやったわ」
グレートヒェンがそう言うと、子ども扱いするなとナツィは返す。
ふふふ、とグレートヒェンは笑った。
「屋敷に戻りましょう」
グレートヒェンはすっとナツィに手を差し伸べる。
「…そうだな」
ナツィはグレートヒェンの手をとって立ち上がった。
私が終わって、
君が終わって、
その先の絶対的な終わりを、
意味もなく恐れている。
一人の帰り道。
数ヶ月前までは、”彼”も一緒だった。
小林隼人。
コバヤシハヤト。
極度の人見知りの私に毎日飽きることもなく声をかけてくれた人。
大抵の人は、話しかけても反応出来ない私のことを
「つまらない奴」
と判断して離れていくのに、”彼”だけは毎日話しかけてくれた。
”彼”は「モテる」側の人間に入っていた。
”彼”に恋する女子は私のクラスにも数人いた。
優しくて、文武両道で、悪口に乗ることもなく、
顔も整っていて、自分から目立とうとしない人。
私も密かに想いを寄せていた。
3ヶ月くらい前から何となく流れで一緒に帰るようになり
隙あらば告白しようかと考えていた時もあった。
でも出来なかった。
”彼”はお星さまになってしまった。
悲しくて、でも誰にも相談出来ない私が
教室で泣いていた時に、
”彼”はいきなり私の前に姿を現した。
「なに泣いてんの」
ナツィはそのまま雪原に飛び込み、辺りは雪煙に包まれた。
周りが何も見えなくなってしまったため、精霊は困惑しているのか辺りを見回す。
そこへまた斬撃が襲い掛かった。
精霊はその方向を向いた。
すぐに雪煙の中から赤い髪の少女が姿を現した。
少女は精霊に全速力で逃げて行く。
精霊は即座に少女を追い始めた。
赤い髪の少女ことグレートヒェンは精霊に追いつかれまいと走って行く。
あと少し、あと少しで…必死になって走るが、グレートヒェンと精霊との距離は徐々に縮まっていく。
遂にグレートヒェンのすぐ後ろまで精霊が近付いた時、グレートヒェンは思いっ切り前に向かって飛び跳ねた。
そして雪原の中へ飛び込んでいく。
精霊はそのままグレートヒェンに飛びかかろうとしたが、突然何かに弾き返された。
よく見ると、光の壁が精霊の周りを囲っている。
「…残念だったわね」
グレートヒェンはそう笑いながら立ち上がる。
悩んでる間に今日が来て
あーあ、昨日を無駄にしたなって
一昨日の自分が私を笑って
明日の俺は気まぐれだから
今日の私に見向きもせずに
明後日の僕と水族館デートだってよ。
自分が
私が
俺が
僕が
とりあえず日々を生きて
そんな毎日上手くいかないよなって
互いに慰め合ってる
それは全部我の中で。
なぁ
昨日で掴めたか
いや、
一昨日で落としたか
待てよ
明日に隠れたか
それとも
明後日で駆けてるか
自分が
私が
俺が
僕が
探すんだ
いつかの我のために
幸せって奴を。