「りいらちゃんならさっき見ましたよ」
男の人と一緒にいました、とわたしは付け足す。
「男の人?」
女の人は首を傾げる。
「えぇ、家族か誰かだったり…」
「りいらはわたしとしか来てませんよ」
そう言われて、わたしはえ、と言葉を失う。
「そ、それはどういう…」
「どうもこうも、りいらは私とだけで花火大会に来てるんです」
女の人は深刻そうな顔で言った。
わたしはまさか、と思った。
脳裏に“誘拐"の2文字が浮かぶ。
「…嘘」
わたしがついそう呟いた時、後ろから聞き馴染みのある声が聞こえてきた。
「あ、いたいた〜」
アンタどこ行ってたんだよ〜とネロ達が駆け寄って来る。
りいらって…昼間話しかけてきたあの子だよね?
でもさっき誰か家族っぽい人と一緒にいなかったっけ。
わたしが色々と考えていると、2人は話し終えたのかお巡りさんはその場から去って行った。
「…あら?」
女の人はわたしの方を見てポツリと呟く。
「あなた確かりいらと一緒にいた…」
「あ、どうも」
そう言えば、この人昼間にりいらちゃんと一緒にいたな、と思いながらわたしは答える。
「りいらちゃんがどうかしたんですか?」
わたしが尋ねると、女の人は心配そうに答える。
「…それが、娘が急にどこかへ行ってしまって」
さっきまで一緒にいたんですけど、と女の人は言う。
「娘を見ませんでしたか?」
「えーと」
そう聞かれて、わたしは少し考える。
思い出の味は
どんなに綺麗に飾られた料理でも
どんなに星の多いレストランでもなく、
父や母の味だってさ
うーたった、うーたった
「ストップストップ!」
アンサンブルを止める彼の声、
「バス、1拍目ちょっと間延びしてるからもう少し響かせる感じでできる?」
「わかった、やってみる」
私はその頃初心者でそれしか言えなかった。
もっと楽器ができるようになって彼ともっと話したい
その一心だった。
しかし気づけばもう卒業が迫っていた
卒業式の後、部内の演奏会をするのが
うちの部の恒例だった。
受験が終わって晴れやかな顔でみんなが集まる。
「久しぶり」
そう言って3年生が集まる。
卒業式の1週間ほど前だ。
当然ブランクもあるので、練習しなけれぱならないのはやっててすぐに感じた。
あの頃できたはずの理想の音…
彼に見てもらった思い出の音…
懐かしくてたまらない。
でも今は出来たら練習が終わっちゃうから
出したいけど出したくない音…
るんたった、るんたった
みんなでまたワルツに乗れた
やっぱり彼と乗るワルツは最高だ
この時間が終わらなければいいのに…
「あと何回、ここでサヨナラが言えるかな?」
そんなくだらない想いは夕方3時の喧騒に消えて行く
また意味もなく5日間を過ごして
変わり映えしない道を2人でまた歩いて行く
2日間また君を想って
そしてまた5日間を浪費して行く
別れなんて知らない。
知らないふりをしてまた今日も君を想っている。
あと何回、ここでサヨナラが言えるかな。
貴方と私が出逢えば今からのことだけ時間を繋ぎ合わせているの。
でもね、貴方と私が出逢う前、貴方も私の知らないどこかで何かをして生きていたのね。
私もそうね。
貴方がどこかで存在していることが、
私のずっとずっと救いになるの。
私の生きるが延びる魔法なの。
死にたさと、息をしているだけ、の隙間に在る光を見つけてしまう僕たちの居場所。
君といると楽しい
一緒にいられて幸せ
だけどね
たまに、ほんとたまにね
悲しくなったりする
この気持ちって何なんだろうね